「うえぇー、ホントよくこんなに苦いの飲めるね、ってミサカはミサカは舌を出して苦味を全身で表現してみる」
いつの間にそこにいたのか。
一方通行が振り向くと打ち止めが缶珈琲を片手に目をしぱしぱさせて立っていた。
ふと手前のテーブルを見ると先ほどまで飲んでいた缶珈琲がいつの間にか消えていた。
「いつの間にッ―――勝手に人の缶珈琲飲んでるンじゃねェよ。それはガキにゃ100年早ェ」
「だってだって!あなたがいつも飲んでるからおいしいと思ったんだもん!ってミサカはミサカは講義してみたり!」
まるで騙されたとでも言いたげな視線を一方通行に向ける打ち止め。
一方通行としてみれば別に美味いと公言したわけでもなければ、自ら勧めたわけでもないのでいい迷惑だ。
その上自分の好きなものが美味しくないといわれているのも面白くない。
「そうかそうか……オマエにはちゃンと珈琲の美味さってのを教えこむ必要があるみてェだな?」
「別に教えてくれなくてもいいよ、ってミサカはミサk―――ってどこ行くの?」
「あァ? 決まってンだろオマエに本当の珈琲を淹れてやるんだよ。感謝しろクソガキ」
そう言うと一方通行はキッチンへ向かいなにやら戸棚をあさり始めた。
その後ろでは打ち止めが何を始めるのかと興味深そうにその姿を眺めている。
「コーヒー入れるんじゃなかったの?ってミサカはミサカはコーヒーの素はあそこだよって教えてみたり」
「インスタントだろそりゃ。そンなもンで珈琲の美味さなンて教えられるわけ―――おっ、あったあった」
何を見つけたのか戸棚をあさる音がやみ、何かを抱え一方通行が振り返る。
その腕にはアンティークっぽい見た目の道具がいくつか納まっていた。
「何を始めるの?ってミサカはミサカはさっきから質問してばかり」
「だから珈琲を淹れてやるンだよ」
そういうと腕に抱えていた道具をテーブルの上に広げ説明を始める。
「缶珈琲が悪いとは言わねェがクソガキにゃまだ早いみたいだからな。俺が直々に豆から作ってやろうって訳だ」
「あなた豆からコーヒーなんて入れられたのね、ってミサカはミサカは驚いてみたり」
驚愕する打ち止めを尻目に一方通行はヤカンを火にかけ戸棚からいくつか袋を取り出し
スムーズに作業をこなしていく。
「まァ缶珈琲が好きだから普段はあンまりやらねェがな―――、シティ・ロースト少し粗めに挽けばそれほど苦くねェよな」
いくつかある袋から一つを手に取りその中身を取っ手のついた箱のようなものに流し込む。
少しだけ珈琲の匂いが辺りを包みこむ。
一方通行が取っ手を回しだすとその匂いは一層強く辺りに漂った
「いい匂い、ってミサカはミサカは大きく息を吸い込んでみたり」
「珈琲は美味しくなかったンじゃねェのか?」
「匂いと味は別なのよ、ってミサカはミサカは言い訳してみたり」
「そォかよ」
コーヒーミルを回す一方通行の腕の間に入り込み、コーヒーミルに夢中な打ち止め。
そんな彼女を一方通行の口元が少しだけ柔らかく歪む。
「こンなもンか……湯もちょうど沸いたな。ちょっとそこのポット取ってくれ」
「ポットってこの如雨露みたいなの?ってミサカはミサカは可愛い如雨露を手にとって見せたり」
打ち止めの手には確かにお洒落な園芸用の如雨露のようなものが握られている。
「あァそれだ。ちょっとこっちに持ってきてくれ」
打ち止めがポットを手渡すと、一方通行はヤカンのお湯をそのポットに注いでいく。
如雨露の口からは細く湯気が昇りすぐに空気と混ざり消えていく。
「なんでわざわざヤカンから入れ替えるの?」
「珈琲入れるときにはこっちのポットのほうがいいンだが、直接火にかけるとポットの側面を火が舐めて取っ手が熱くなっちまうンだ」
電気調理器を使えば直接こっちのポットでもなンとかなるにはなるけどな、と一方通行は付け足す。
へぇ、と一方通行の説明を理解しているのかいないのか相槌をうつ打ち止め。
一方通行はもともとそんな説明などどうでもいいのか作業を淡々と進めていく。
そのたびに打ち止めから質問が飛ばされるのだが、一つ一つ丁寧に回答をしていく。
徐々にキッチンには一方通行の入れる珈琲の香りと打ち止めの相槌で満たされていった。
「つー訳で出来上がったのがコイツな訳だが」
「良い匂いだね、ってミサカはミサカは玄人っぽく珈琲カップを鼻に近づけて匂いを楽しんでみたり」
テーブルを挟んで向かい合う2人。
お互いの目の前には珈琲カップが一つずつ置かれている。
「匂いもいいがとりあえず飲ンでみろ。」
「うん。それじゃぁいただきまーす、ってミサカはミサカはドキドキしながらカップを口に近づけてみる」
カップが口に触れ、少しずつそれを傾けていく。
その姿を満足げに見つめる一方通行。
カップが打ち止めの口から離され、感想をこぼすべく再び口が開かれる。
「……苦い」
「あ?」
「やっぱり苦いものは苦いよ!ってミサカはミサカは根本的な問題を提示してみたり」
実際、一方通行なりにあまり苦くならないように抽出したつもりなのだが、
打ち止めにしてみればそれでもやはりまだまだ苦かったらしく本日二度目の舌を出しての講義が始まった。
「やっぱりガキにはこの味はまだ分からねェってことか……」
少し物悲しげにこぼし、自身の珈琲カップを口に運ぶ。
そして、再び目の前の打ち止めに視線を戻し溜息をこぼした。
――――
「今度のは凄く甘くて美味しいのよ、ってミサカはミサカは親指を立てて絶賛してみたり!」
「そいつァ良かったな」
結局、不評だった珈琲を一旦下げ再度珈琲を入れなおした結果なんとか打ち止めの気に入る一品が完成した。
珈琲は先ほどのものとほとんど同じなのだが、
ミルク増し増しの激甘使用となっている。
一方通行としてはもはや珈琲とは認めたくない一品ではあるが、
目の前の嬉しそうな打ち止めを見ながら今回だけだとしぶしぶ自分に言い聞かせる。
「美味しいからアナタもこっちの飲んでみたら?ってミサカはミサカは自分のカップをアナタに勧めてみたり」
「そンな甘いもン誰が……なンで悲しそうな目しやがる」
「だってこんな美味しいのに……ってミサカはミサカは自分の好みをあなたに知ってもらいたいって―――」
もとはといえば最初に一方通行の缶珈琲の好みを打ち止めが否定したのが始まりなのだが、
こうなってしまうと子供とは有利なもので一方的に悪者は一方通行ということになってしまう。
頭を面倒くさそうにかきながら打ち止めの手からカップを奪い取り、自らの口に運ぶ。
「どう?ってミサカはミサカは感想を聞いてみたり」
先ほどまでの悲しそうな目はどこへ行ったのか。
好奇心の塊のような笑顔をこちらに向ける打ち止め。
カップの中のもはや珈琲と認めたくないうす茶色の液体を眺めながら一方通行は口を開く。
「甘ェ……」
だがたまにはこういうのもいいかもしれない。
柄にもなくそんなことを思う。
時計を見ると3時を少し回ったところだった―――
おしまい