447 : 一方通行「一流の怪盗の美学を見せてやる」1/10[saga] - 2010/06/07 15:07:59.76 E9Egd8E0 1/11


「く、そ……」

 ガラスケースに収められた純白の翼。ひとりの少年が、天使の翼の模造品をにらみつける。

「こんなもんじゃねえんだよ、俺は、……っ」

 ドンドンとガラスケースを拳で叩くが、ガラスケースはびくともしない。知っていてなお、少年は叩き続けた。
 ドンドンドンドンドンドンドンドン。

 ムカつく。ムカつく。ムカつくムカつくクソムカつく。

 厳重な警備のもとに保管されているその作品の隣に、荒削りな彫刻が飾られている。
 少年はそちらを見ようともしなかった。
 ただひたすらに、目の前の『最高傑作』だけを見つめる。

「お、れは、もっと……もっと、高みに、いけるはずなんだ」




 そこは、白で埋め尽くされた空間だった。
 視界に入るもの全てを白で塗りたくったような部屋。病院の白さが清潔感をあらわしているのだとすれば、この部屋の白さは几帳面さを通り越して、いっそ病的である。

 白いプラスチックのテーブルに向かい合うように備え付けられた革張りのソファ。
 普段は来客用として使われているものだが、来客自体稀であるこの部屋においてはただのソファベッドと化していることもまた事実だ。
 その、白いソファに身を沈め、眠り込んでいる人間も白い。色素の失われている髪、透き通るような肌の色、着ている服ですら――白、白、白。
 まるで、この空間には白以外存在するべきではないといった雰囲気さえ漂っているが、ここはれっきとした事務所である。

 ばたばたばた、と騒々しい足音が飛び込んできた。
 白一色の閉鎖空間に空色がまじりこみ、ぴょこんと癖毛を立たせた少女がソファで眠っている人物の目の前に仁王立ちする。

「お、き、てー! ってミサカはミサカはお寝坊なあなたの耳元で朝十時をお知らせしてみたり!」

 キィィィン。
 少女特有の甲高い叫び声は、マイペースに惰眠を貪る白い人間にも有効だったらしい。
 胡乱げに瞼を押し上げた白い人間の瞳の色は赤い。うるせェよ、とわずかに開いた口から発せられた単語に、少女はにっこりと笑った。

「おはようございますってミサカはミサカは朝の挨拶をしてみる。またあなたはこんなところで眠ってたの?」

「……クソガキ、朝から元気ですねェ」

 少女の質問に答えることなく、白い人間はこきこきと首を鳴らす。少女にも少年にも見える痩躯だ。服装や態度、声の調子は男性のものなのだが。

元スレ
▽ 【禁書目録】「とあるシリーズSS総合スレ」-5冊目-【超電磁砲】
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4gep/1275661269/
448 : 一方通行「一流の怪盗の美学を見せてやる」2/10[saga] - 2010/06/07 15:09:12.59 E9Egd8E0 2/11


 あー、と眠そうに声を出す白い少年のすぐ横に腰を下ろすと、少女は許可を取らずにリモコンに手を伸ばす。
 これが日常であるがゆえに、少年が少女を咎めることはない。プツン、とテレビの電源が入り、部屋は一気に色彩が増した。

≪先週末から○○ホールにて若手芸術家の受賞作が……、……、……≫

 ニュースはとある展覧会の日程を告げている。興味のない話題だと少年はあくびをもらしたが、対照的に少女は瞳を輝かせていた。行きたい行きたいとその目が語る。

「展覧会なンか見て何が楽しいンだよ」

「芸術は心を豊かにしてくれるんだよ、ってミサカはミサカは面倒臭がっているあなたを急かしてみる。
 ○○ホールならここから歩いて十五分くらいじゃなかったかなー、ってミサカはミサカはちらりと上目遣いをしてみるんだけど!」

「だりィ。歩いて十五分ならオマエひとりで行けンだろォが」

 少年に芸術鑑賞をしようという気はまったくないようだ。ぶー、と口を膨らませた少女がソファから身を起こす。
 朝ご飯はまだだよね、と少年に問いかけながら、彼女はとてとてと部屋を出ていった。

 この事務所は少年が住居として購入したビルの一室を使っている。もっとも、購入したのはビルそのものであり、十三階建てであるこのビルは約半分のフロアが使われていない。
 一階に少年の本来の部屋と事務所があり、二階には少女と知り合いが、そして二階から六階にかけてとある集団が住んでいる。

 つまり、七階から上はまったくの無用の長物となっているのだが、少年がその事実について深く考えたことはなかった。
 なぜなら、このビルの購入自体が彼にとってコンビニで缶コーヒーを買い占める程度の買い物でしかなかったからである。

 さらに言うと、このビルを購入したときの少年は眠気が限界を超えていて、
 当初はビルの一室を借りるだけであったはずがどういうわけか丸ごと購入してしまったというとんでもない真相があるのだが、
 これもまた少年にとっては後悔するに値しないささやかな失敗であった。

 どたどたどたどた、と少女のものではない足音が聞こえてくる。
 少年は眉間に皺を寄せ、その音を無視するかのようにテレビに視線を向けるがしかし、足音は徐々に大きくなる。

 どたどた、どたどたどたどた、どたどた。

 ばたん! と勢いよくドアを開けた侵入者は、ぜえぜえと肩で息をしながらも部屋に少年の姿を認めて安堵のため息をついた。
 反対に、少年は投げやりにも不機嫌そうなため息を吐いたのだが、これくらいのことを侵入者が意に介さないと彼は知っている。

「お前の力が必要なんだ、頼む!」

 侵入者はツンツンの黒頭をがばっと下げて、少年に頼み込んだ。めンどくせェ、と白い少年が呟く。

「大体オマエ、ここにくるときゃ大抵片付けてンじゃねェか……上条」

「今回はちょっと違うんだよな。ほらこれ」

 侵入者――もとい、上条当麻はがさごそとジーンズの後ろのポケットから一通の封筒を取り出した。
 そんなところに大切なものを突っ込むな、と白い少年が小さくつっこんだが聞こえなかったとみえる。

449 : 一方通行「一流の怪盗の美学を見せてやる」3/10[saga] - 2010/06/07 15:10:03.07 E9Egd8E0 3/11


「ンだァ……予告状ォ?」

「そ。先週から催されてる展覧会あるだろ? そこに届けられたんだってさ」

 展覧会というと、さきほどのニュースで流れていたもので間違いないだろう。少年は眉間の皺を深くする。
 ものすごく関わりたくない。しかし、上条は少年の機嫌の悪さを気遣うことなどない。
 それは少年の機嫌が良いときは大抵彼にとってよろしくない事態が起こっている場合が多いからであり、ならば機嫌の悪い少年を相手にしていたほうがまだ不幸ではないといえる。

「なンで俺が行かなきゃならねェ。俺ァただの探偵だぜェ?」

 少年は気だるく言い返し、顎で上条にソファに座るよう促した。自分はデスクに体を寄りかからせて、少年が封筒を弄ぶ。
 何の変哲もない予告状だ、と彼は判断する。もっとも、予告状という存在そのものがイレギュラーであって、すでに変哲はある。

「見てわかんねえかなあ。餅は餅屋、それなら怪盗は――怪盗に任せるのが一番だろ、ってさ」

 悪気のない笑みでそう答えると、上条は立ち上がり少年から封筒を取り返す。どうやらすぐに立ち去らなければならないほどに忙しいらしい。
 ここで一服していけよと言わないあたりが少年と上条の距離感を示している。

「けっこうこっちも手一杯なんだ。俺はお前が来てくれるって信じてるぜ、一方通行」

 んじゃなー、と片手をひらひら振りながら上条は事務所を出ていく。入ってきたときと同様に、ドアを閉める音は少し大きかった。
 入れ替わりに少女がぱたぱたと入ってくる。ちょうど外ですれ違ったらしく、聡い少女は少年に朝食の乗ったプレートを差し出しながら話しかけた。

「えーっと、お仕事の話だったの? ってミサカはミサカは展覧会に行けないことをちょっとだけ残念に思ってみる」

 少年――一方通行は舌打ちをしてプレートを受け取りテーブルに置いた。この流れでいくと、どうも自分は仕事を請けなければならないようだ。
 クソったれ、と一方通行は低い声で呟き、少女の癖毛をつんつんと引っ張る。うきゃー、と反応をする少女に彼はとびっきりの朗報を知らせてやった。

「喜べ打ち止め、オシゴトもオアソビも楽しめるみてェだからよォ」

 少女――打ち止めは一方通行の一言で満面の笑みになる。

「展覧会に関わるお仕事なの? じゃあもしかして展示品を盗みますよーっていう予告状がきてるとかそういうドラマ的展開になっちゃったり?
 ってミサカはミサカはありもしない展開を予想して、」

「御名答ォ。あいつがここに来る用件っつったら、『そっち』しかねェだろォが」

「え、えええええ!? ってミサカはミサカはまさか冗談で喋った予想が当たっているとは思わなかったので驚愕の表情を浮かべてみたり」

「とりあえず、メシ食ったらぼちぼち出かけンぞ」

450 : 一方通行「一流の怪盗の美学を見せてやる」4/10[saga] - 2010/06/07 15:11:16.27 E9Egd8E0 4/11


 どっかとソファに座り込み、打ち止めが準備してきた朝食にありつく一方通行の隣で、打ち止めはテレビをじっと見ていた。

≪続いて、天気予報です……一日中晴れで、……、……≫

「日焼け止め塗らなきゃだめかな、ってミサカはミサカは紫外線が気になるお年頃であることをアピールしてみる」

「たかが十五分歩くだけじゃねェか」

「え? だって普段外出したがらないあなたが重い腰を上げるんだから、展覧会でお仕事も済ませたら今日はたっぷり遊べるでしょ!
 ってミサカはミサカはデートの約束もさりげなく取り付けてみる!」

「……、……クッソガキが」

 一方通行、そう呼ばれる白く尖った空気を持つ少年。打ち止め、そう呼ばれる癖毛が特徴的な明るい少女。
 『ふたり』の生業は探偵である。

 しかしながら、とある名探偵は言ったものだ。最高の探偵は最高の犯罪者になりうると。

 であるならば、最高の怪盗が最高の探偵になったとしても、何らおかしくはないことだろう。
 『ひとり』の生業は怪盗だった。
 過去形である理由は、彼がすでにその職からは手を引いているからである。

「そうと決まれば早く食べてもらわないと困るんだけどってミサカはミサカはわざとらしくゆっくり咀嚼しているあなたに憤ってみる!」

「一口につき百回噛まなきゃだめなンですゥ」

「ダウトぉぉぉぉおおっ! あなたいつもは適当にもぐもぐするくせにぃ! ってミサカはミサカは怒りながらも外出の準備を整えるんだから!」

 打ち止めが部屋をぱたぱたと駆け回り、一方通行の服やらなにやらを準備している。かと思うと洗面台のほうへ向かい日焼け止めを探しては、
 ねえあなたは日焼け止めを使わないのーってミサカはミサカは知ってるけどあるかもしれない可能性に賭けてみたりー!、と叫んでいる。
 一方通行は一旦朝食を咀嚼するのを中断し、「あるわけねェだろボケ」と返してからまた朝食をゆっくりと摂る。
 普段なら十分足らずで食べ切る朝食をわざと時間をのばして二十分で食べたのは、やはり展覧会に出かけるのが面倒だから、という理由に尽きる。

「むー、仕方ないから日焼け覚悟で出かけることにしたよ、ってミサカはミサカは靴を履きながら小麦色の肌の自分を想像してみる」

「おォ。ガキが日焼けだなンだで悩ンでンじゃねェ、コーヒー豆レベルまで焼けちまいなァ」

「それは焼けすぎ! ってミサカはミサカは今ちょっとアフリカにいそうなミサカを想像しちゃったんだけどー!」

 ぶっ、と一方通行が吹き出した。打ち止めの言うところである『アフリカにいそうなミサカ』を想像したらしい。
 ビルを出てから彼は一度だけ振り返り、褐色ミサカねェ、と声をもらした。
 そびえ立つビルにそのような肌をした少女は住んでいないが、もしかすればそのうちやってくるのかもしれない。
 いたっておかしくはねェか、と結論付けた一方通行は、早くはやくーと数歩先を走る打ち止めの後をジーンズのポケットに手をつっこんでだるそうに追った。

451 : 一方通行「一流の怪盗の美学を見せてやる」5/10[saga] - 2010/06/07 15:11:56.90 E9Egd8E0 5/11




「今時予告状なんて流行んねえって。こんなチャチなもん送りつけてくるようなやつが、俺の最高傑作を盗む訳?」

 呆れた声音で発言し、垣根帝督はパイプ椅子に腰掛ける。ギィ、という安っぽい音が響いた。
 展覧会に出展されている中でもっとも注目を集めている作品――それは、彼がつくった『未元物質』だった。

 天使の翼を模した造形は、まるで彼自身が天使に遭遇し目で見て確かめたかのように精巧であり、一部の芸術家が「これこそ天使の羽だ」と評価するほどに完成度が高い。
 また、手触りも独特で、垣根にしかつくりだすことはできないとされている『未元物質』は、名実ともに今回の展覧会の目玉である。
 上条は椅子を鳴らす垣根の隣に立ち、頷いた。

「差出人の名前はないし、いつ盗みに入るとも書かれていない。だからこそ、こうして俺が派遣されたんですよ」

「そりゃどうも、オツカレサマ。でもさあ、あいにくアンタらの警備なんていらねえんだよ……見てみ? このガラスケース」

 コツコツとガラスケースを叩き、垣根は薄い笑みを浮かべた。『未元物質』を収めているガラスケースは特注品で、その強度は並大抵のハンマーではびくともしない。
 ふと、上条が近付いてくる足音に気づき、きょろきょろと辺りを見回した。関係者入り口付近からヒールの音を響かせて、ドレスを身に纏った少女がやってくる。よ、と垣根が手を挙げた。

「おはよう。まだ人はそう多くないみたいね?」

 少女は垣根と上条の目の前で立ち止まり、会釈する。垣根の知り合いであるらしい少女は、上条を見て首を傾げながらも「あなた、警備の方かしら」と訊ねた。

「あー、一応そっちから派遣されてるんだけど。どちらさま?」

「ん。俺の友人、っていうかスポンサーみたいなやつかな。このガラスケースも準備してくれたし……心理定規、お前もしかして暇だったの?」

「暇と言えば暇ね。あなたが展覧会に出すなんて珍しいから、興味本位よ」

 華やかな雰囲気を持つドレスの少女と垣根は並んでいるととても目立つ。なんだかな、と上条は居た堪れなさを覚えつつ、せめて知り合いのひとりでもこないものかと入り口に目をやった。
 見えたのは、活発そうな少女が気だるそうに歩く少年の手を引いている姿。おお、と上条は垣根達から離れると、そちらに歩いていった。
 そんな上条の背中と、彼が向かった先の人物を見つめ、垣根は舌打ちをする。異変に気づいたドレスの少女が訝しげに垣根を見やった。

「どうかした?」

「……べつに。芸術のげの字もわっかんねえやつが紛れ込んでるから気に食わねえだけだ」

 垣根の視線の先には、少女ではなく、白い少年がいた。フラッシュバックする遠い記憶。
 どうして「あいつ」がここにいる。どうして再び、よりによって今この時期に、あんなやつに会わなければいけないのか。

452 : 一方通行「一流の怪盗の美学を見せてやる」6/10[saga] - 2010/06/07 15:13:05.12 E9Egd8E0 6/11


 会場が徐々に人で埋まっていく。垣根はパイプ椅子に座ることを諦め、自分の作品の近くに立っていた。若手の中でも軍を抜く知名度を誇る彼は、作品だけでなく彼自身の顔でさえも有名になりつつある。
 次々に取材を受け、話を聞かされ、その間ずっと笑顔で対応していた垣根は、自分の『最高傑作』の隣の作品を眺めているひとりの女に気づかなかった。

 荒れた金髪に、褐色の肌。なによりゴシックロリータを着こなしている格好は会場でも少々浮いていたが、彼女が人々の視線を気にするそぶりは見られない。
 じっと、彼女が眺めているのは彫刻だ。垣根の初期の作品であり、『未元物質』の前身であるとして飾られている、前菜のようなもの。
 やがて、触れてみたくなったのか、ケースに収まってすらいない彫刻に彼女はすっと手を伸ばした。するりと一撫でし、下から眺めてみたり、細かな点を指で触って確かめてみたり。

 人々が『未元物質』に集中している中で、彼女だけが習作に執着している。――否、彼女『だけ』ではない。
 ぺたぺたと彫刻に触れている女のすぐ後ろに、一方通行が立っていた。垣根は気づかない。
 どこかの雑誌の記者にインタビューを受けているせいで、誰が自分の作品を見ているか把握できないのだ。

「……最高傑作ってなァ、どっちのことだろォな」

 ぴくりと女が反応し、一方通行のほうを振り向く。独り言を聞かれていたことに思い至った一方通行は少しばつの悪そうな顔をしたが、それでも視線を彫刻に注いでいる。
 女がさっと彫刻から離れ、淡々と評価を下した。

「少なくとも『未元物質』が『最高傑作』であるとは思えないわ――芸術家にこれ以上のものをつくらせねえような作品は、傑作とは言わねえよ」

 一方通行は同意も否定もしない。女は言って満足したのか、踵を返すとそのまま会場を出て行った。
 とたとたとたと会場を一巡りしてきた打ち止めが一方通行の背に突進する。
 気配を感じ取った彼が避けつつも打ち止めの体を腕一本で抱きとめたとき、ようやく垣根は記者から解放され、作品に群がっている集団の中に一際目立つ白い頭を見つけた。
 ぎり、と唇を噛む。なぜここにいるのかわからない、それでも垣根は不敵な笑みを顔に貼り付けると、軽い態度で一方通行に近付いた。
 
「よお、お前何しにきた訳?」

 一方通行より先に、打ち止めが垣根を見つめた。きょとんとした表情で目の前の垣根と彼の発した言葉の意味を考え、打ち止めははっと気づく。

「あなた、もしかしてこの人のお知り合いなの? ってミサカはミサカは返事をしないこの人のかわりに問いかけてみる!」

「そうだよ、小さいお嬢さん。今日はどうしてこいつとここにやってきたのかな」

 忌々しげににらみつけ、一方通行は打ち止めを自分の後ろに隠す。そんなに警戒するなよ、と垣根はことさらに軽く嘯いた。

「うっせェ。誰が展覧会に出品してンのかと思えば、クソメルヘンなオマエだったとはよォ」

「俺もまさか芸術を汚しに汚したテメェがのこのこ展覧会に来るとは思わなかったぜ。で? お前、捕まったんじゃなかったっけ?」

 垣根の挑発に乗らない一方通行と、反対に「捕まった」という単語に体をびくつかせた打ち止めを交互に見て、垣根はにやりと口端を吊り上げた。

453 : 一方通行「一流の怪盗の美学を見せてやる」7/10[saga] - 2010/06/07 15:13:49.05 E9Egd8E0 7/11


「なンのことだかなァ。俺ァ善良な一市民ですけどォ?」

「あっれー、一時期世間を騒がせてた怪盗ってどこ行ったんだろうなー、ふしぎだなー」

「ホントだよなァ、あいつどこ行ったンでしょォねー」

「……ふたりとも空気が冷たいよ、ってミサカはミサカはふたりの仲は旧知っぽいと同時に犬猿っぽいので怯えてみたり」

 打ち止めがぼそりと呟いて、一方通行の背にしがみつく。鬱陶しげに少女の頭を撫でながら、一方通行は『未元物質』を直視した。

「オマエさァ」

「あ?」

 垣根の返事はほぼ素に近い。インタビュー用の愛想笑いを取っ払った彼はガラが悪いのだが、会場の人間がほとんど彼らのやり取りに注目していないことは幸いだった。

「あの『未元物質』。つくったのって数年前じゃねェの?」

「……、……よく覚えてるじゃねえか。その通り、当時は認められなかったがな」

「ンで。あれ以降つくったモンの評価はどォなってンだ」

 垣根が目を見開いて、絶句した。しかしそれも僅か数秒の出来事で、彼はすぐに笑顔を取り戻す。胡散臭い笑顔だ、と一方通行は鼻で笑った。

「ま、天才の作品は認められるのに時間がかかるってのがセオリーだ。生きてる間に認めてもらえただけ、俺はマシなんだよ」

 じゃあな、と一方通行達に背を向けて、垣根は関係者専用の出入り口に向かいかけた。
 その、瞬間。

 突如ブレーカーが落ち、ドカン! と派手な爆発音が会場内に響き渡る。何事かと騒ぎ始めた人々を尻目に、垣根は真っ先に『最高傑作』に駆け寄った――はず、だった。

「な、ん……で……!」

 頑丈なガラスケース、厳重な警備。盗まれるわけがない、そう思っていた彼の最高傑作は、跡形もなく粉砕されていた。
 盗まれてはいない。まだたしかに存在している。しかし、これは、こんな粉々になってしまった『最高傑作』では。

「ぅ、あ……あ、ああああああああああああああああッ!!!!!!!」

 垣根の絶叫。続いて、周囲の同情とも哀れみともつかぬささやき声。ため息も聞こえる。
 上条がブレーカーを復活させて戻ってきた会場は、悲惨だった。

「ちょ、え? なんだよこれどうしたんだよ!」

 広がる光景に驚きを隠せない上条は、垣根の傍にいるドレスの少女に訊ねる。彼女の受け答えは冷静だ。垣根の混乱ぶりと対比すればするほど、彼女は異常なまでに冷静だった。

「たった今、あなたがブレーカーを見に行っている間に爆発したのよ。『未元物質』がね」

454 : 一方通行「一流の怪盗の美学を見せてやる」8/10[saga] - 2010/06/07 15:14:43.48 E9Egd8E0 8/11



 目玉であった『未元物質』が何者かに爆破されてしまった以上、展覧会を続行するのは不可能だった。
 上条は犯人を捕まえると意気込んでいたが、垣根はそれを制し、その場に残っていた一方通行を指名した。
 なぜなら、一方通行の態度が怪しかったからである。
 上条が「犯人を逃がすわけにいかない」と発言したときに、はっきり「逃げるわけねェだろォが」と言われれば、誰だって怪しく思うだろう。

 一同は会議室に集まっていた。

「単刀直入に言うぜ」

 上条が先陣を切り、続ける。

「俺は犯人が誰なのかまったくわからない。そもそも、なぜ爆破したのかさえわからないんだが」

 予告状には盗む、と書いてあった。そして、垣根の『未元物質』は裏ルートで売りさばけば高値で売れるだろう。正式な入手方法でなくても買い取ろうという輩は世界に満ち溢れている。
 打ち止めが垣根の顔を見つめながら、話し出した。

「えっとね、さっき不思議な女の人を見たんだけど、ってミサカはミサカはある事実を述べてみる。金髪で褐色の肌をした女の人で、なんだかちょっと異質なオーラを漂わせてたの」

 ああ、と一方通行が頷いた。それはきっと、自分のほかにもうひとり、「習作」を見つめていた女に違いない。
 たしかに妙な女だったと彼が同意する前に、垣根が勢い良く立ち上がった。

「ま、待て、金髪? で、褐色の肌っつったか!」

「え? う、うん、ってミサカはミサカはカキネさんの勢いにちょっとびっくりしつつ、あれ? もしかしてあの人が爆破しちゃったのかなってミサカはミサカはあなたの意見とは違、」

「んなわけねえ!」

 打ち止めの意見を遮って、垣根は一方通行に視線を移す。なンだよと不機嫌そうに見つめ返す一方通行に、垣根がある質問をした。

「その女、丁寧な言葉遣いになったと思ったらいきなり荒い男言葉になったりしてねえか」

「……あー、まァ、そンな感じだったな」

「ビンゴ! オーケーお嬢さん、その人は犯人なんかじゃねえ。世界の名立たる彫刻家の中でも最も奇抜であるといわれるお方だ」

 さきほどまでは絶叫していた垣根はすっかり有頂天になっている。はあ、とドレスの女が呆れてため息を吐く。

「シェリー=クロムウェル。あなたが作品を見て一目惚れしたっていう女彫刻家だったっけ?」

「そうそうそうっ! マジかよほんとに来てくれたのかやっべー超嬉しい……!」

 垣根のテンションの高さに引き、帰るか打ち止め、と立ち上がった一方通行を慌てて引き止めたのは上条である。
 まだ、爆破した犯人がわかっていないのだ。ここで帰ってもらっては困る。

455 : 一方通行「一流の怪盗の美学を見せてやる」9/10[saga] - 2010/06/07 15:15:56.41 E9Egd8E0 9/11


「イイじゃねェかよ、もォあいつテンション高ェし」

「そういうわけにいかねえの。あのさ、一応報告書書かなきゃいけないんですよ上条さんは!」

「うーん、でもあなたはこれを聞いたら報告書を偽らざるを得ないかもってミサカはミサカは指摘してみるんだけど」

 はあ? と頭に疑問符を浮かべた上条を放置し、一方通行は浮かれている垣根――の隣のドレスの少女に言い捨てた。


「オマエ、そンな手口で予告状なンざ出してンじゃねェぞボケ」


 ぽかん。そんな言葉がお似合いの表情で、垣根が思わず隣の少女を見た。ドレスの少女も同じように口を半開きにしていたが、一方通行の言葉を真っ向から否定することはなかった。すなわち、沈黙。

「お、いおいおい……ええ? 何? なんなの、お前、なにしてくれてんの」

 垣根が少女の肩を掴み、揺さぶる。がくがくとされるがままに体を垣根に預けて、ドレスの少女は一方通行に訊ねた。

「いつ気づいたの?」

 上条が興味津々に身を乗り出す。あー、と一方通行は視線を打ち止めに向けた。答えづらいのだ。

「気づいたっていうか……オマエがずっとガラスケースの近くにいンのおかしいって思ってよォ……見張ってたらいきなり後ろに回りこんでなンかおっぱじめてンなァと思った瞬間爆発したンだよ」

 探偵も何もあったものじゃない。そう彼の顔が告げていた。推理力なんて欠片もいらない事件だったと一方通行はつまらなそうに言い放つ。

「なあ、なんでお前、俺の『最高傑作』を爆破した訳? あんだけ俺のスポンサー紛いなことしといてよお。最悪なんだけど」

 垣根が普段のテンションに戻り、ドレスの少女を問い詰める。
 打ち止めがちらりと一方通行に視線を寄越し、一方通行が頷き返すと行動を開始した。つまり、ドレスの少女の肩を掴んで揺さぶったままの垣根に叫んだのである。

「あなたの『未元物質』は最高傑作なんかじゃない! ってミサカはミサカは声を大きくして叫んでみたり!」

 キィィィイン。
 寝ぼけている一方通行でさえたたき起こすほどのシャウトに、垣根が耐えられるわけがない。ばっとドレスの少女の肩から手を離すと、彼は打ち止めを鋭くにらみつけた。

「なに言ってんだ、ガキだからってなんでも許してもらえるなんて思ってねえよな、お嬢さ――」

「『芸術家にこれ以上のものをつくらせねえような作品は、傑作とは言わねえよ』」

「!」

 一方通行の言葉に、垣根が勢いを失う。

「オマエの憧れてる女彫刻家が言ってたぜェ? あの女、『未元物質』には目もくれねェで、ひたすら習作のほうをべったべた触ってやがりましたよォ」

 ドレスの少女が、ゆっくりと口を開いた。自分がしたことは正しいのだと信じているような、確固たる口調で彼女は話す。

456 : 一方通行「一流の怪盗の美学を見せてやる」10/10[saga] - 2010/06/07 15:17:11.26 E9Egd8E0 10/11


「あなたは『未元物質』が高い評価を得てから、どれだけつくっても自分で満足できるような作品は生み出せなくなっていたわ。
 違うなんて言わせない」

「……、だったらなんだよ」

「これ以上は無理だ、つくれっこない――あなたが『未元物質』を見つめるたびにそう思うくらいなら、いっそあんなものはないほうがいいの」

「なんで、んなこと言うんだよ! あれは! 俺がつくった最高のっ」

「私はあなたがもっと素晴らしいものをつくれると信じてる。だからあのレベルで満足しているようなあなたを壊したかったのよ」

 上条が静かに立ち上がり、会議室を出る。続いて一方通行と打ち止めも会議室を後にした。
 あいつは化ける、と一方通行が呟きをもらした。もっと素敵な作品を見せてくれるといいね、と打ち止めがやわらかく言う。

「どーすっかなー、報告書」

「怪我人も出てねェし、適当に誤魔化しときゃいいンじゃねェのか」

「そうだよな……にしても、怪盗もまったく関係なかったな」

「あなたはただ観察してただけだもんねってミサカはミサカはあなたをからかってみる」

「黙れクソガキ」

 んじゃ俺は戻るわ、と上条がふたりから離れる。
 その後姿を見送って、少女が先に歩き出す。まだ夕方になったばかりで、空は明るい。

「予定通りこの後はデートだよってミサカはミサカは乗り気じゃなさそうなあなたの腕をぐいぐい引っ張ってみたり!」

「あァ……めンどくせェ」

「って思ったけど、やっぱりデートはやめておこうかなってミサカはミサカは意見を翻してみる」

「あン?」

 少女のころころ変わる感情についていけない少年が眉をひそめる。打ち止めがにっこりと笑った。

「なんだかミサカも芸術作品がつくりたくなったの、ってミサカはミサカはおうちで料理の練習をすることを宣言!」

「……味見は俺かァ」

 少女がスキップをして帰る横で、少年はがしがしと頭を掻いた。
 やっぱり、展覧会なんかに行くンじゃなかった――もう二度と行かねェ。そう決心しながら。

457 : VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[sage] - 2010/06/07 15:20:10.36 E9Egd8E0 11/11

勢いで書いたのでタイトルさえ使えてないわけで!
上条さんは昔怪盗だった一方さんを捕まえた過去があったり、一方さんが怪盗をやめたのは打ち止めを攫ったことがきっかけだったり、
モデル麦のんの悩みとか令嬢美琴とかまあいろいろネタはあったんですけど! 生かせてない! です!
それでは失礼しましたああああああ