46 : とある英国の第三王女 1/22[] - 2010/06/11 20:43:12.37 dJqG4u20 1/24

超長期間に及んだ第三次世界大戦もようやく終結を迎えた。
大規模な争いは数週間も経たずに終了したのだが、ロシアやイギリスで起きた小競り合いを治めるのに多くの時間を要したらしい。

学園都市とロシアは和解の案を出しあい、平和条約が締結された。
といってもそれは表面上での事なのだが、少なくともしばらくは平穏な世界が約束される事を意味している。





戦争が終結してから半年後。

被害を受けた地域の修復も終わりを迎え始めた。
それはイギリスにあるバッキンガム宮殿も同様である。

元々『ブリテン・ザ・ハロウィン』による損壊に加えて、件の戦争による余波を少なからずも受けていた宮殿は、当初は修復不可能とまで言われるほどにボロボロであった。
しかし、『王室派』の英国女王(クイーンレグナント)エリザードの人徳による国民の援助活動、さらに『騎士派』による協力もあってか、宮殿は奇跡的にも以前の面影を彷彿とさせるまでに修復された。

そんなバッキンガム宮殿のとある一室に、一人の女がいる。
イギリスの第三王女ヴィリアンだ。

彼女はこのイギリスの復興のために、その足で被害地を周り、その目で惨状を目にし、その口で被害を受けた国民に声をかけ、その手で国民に慈愛の手を差し伸べた。
その行為は国民にとって小さな小さな出来事であったが、それ故に唯一の出来事であった。
彼女の行いは国民の間で『誰もが知っている』ほどにまで広がり、いつしか彼女は以前自ら恥じていた『人徳』の冠が似合う器にまで成長していた。

ヴィリアンはようやくイギリスの国力が安定した回復傾向に向かった事に安堵すると、頭の中に一人の男の姿を思い描いた。
その男の名は、

(ウィリアム……)

ウィリアム=オルウェル。
昔何らかの取り引きによって捨て駒にされた彼女を、傭兵という立場を利用し、襲ってきたスペイン星教の魔術攻撃の手から助け出してくれた男。
そして『ブリテン・ザ・ハロウィン』でも彼は颯爽と現れ、彼女の命を守るために騎士団長(ナイトリーダー)と戦い、ヴィリアンの姉である第二王女キャーリサを救うために一役を買った。

彼が今どこにいるのかは、ヴィリアンにはわからない。
騎士団長から、世界が平和になったらイギリスに帰りたい、という伝言を聞いてはいたが今の今まで帰ってきた様子は無い。

もしかしたらまだ世界のどこかで、外側からの干渉で世界の歪みを整えている最中かもしれない。

ヴィリアンは自分が今いる私室から扉を開けて廊下へと出た。

元スレ
▽ 【禁書目録】「とあるシリーズSS総合スレ」-6冊目-【超電磁砲】
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4gep/1276186522/
47 : とある英国の第三王女 2/22[] - 2010/06/11 20:44:06.47 dJqG4u20 2/24

――

長い長い廊下の左右の壁には、盾の形をした紋章が等間隔に飾られ、並んでいる。

歴代の騎士達の盾の紋章(エスカッシャン)だ。

その廊下を歩いていると等間隔で飾られた盾の紋章に一つの空白の空きが目に入った。
彼女は空白の正体を知っているが、口には出さない。
もう見慣れてしまったというのもあるが、彼の名前を口にして帰ってくる事を望むのも無粋だと思っているからだ。

ウィリアムは必ず帰ってくる。

ヴィリアンは彼への想いを胸に秘めて、その空白から目を離す。

それに今はやるべき事がある。
彼女は長い廊下を渡りきり、宮殿の外に出るために外へと繋がる新たな廊下へと向かう。

と、そこで第二王女キャーリサと会った。
キャーリサは三人の王女の中で『軍事』に優れた王女だ。
今の彼女はイギリスの軍事力の回復に全力を注いでいる。
彼女は曲がりなりにもイギリス国民の未来を守るために『ブリテン・ザ・ハロウィン』という名のクーデターを引き起こした人だ。
イギリスを護るためとあらば、その行動力は尋常ではない。

そんな彼女がヴィリアンの姿を確認すると、何故かため息を吐いてから声をかけた。

「まーた行くつもり?」

「……私にはこれしかできる事がありませんので……」

キャーリサが言った『また』とは、イギリスの街の修復作業の手伝いの事だ。
ヴィリアンは『ブリテン・ザ・ハロウィン』後、積極的にバッキンガム宮殿外に出て、怪我をした国民の手当てや看病をした。
そして怪我人が少し落ち着いてきた今は、全壊・半壊した住宅建築や崩れ落ちた橋の新築の手伝いもしている。
といっても、実際ヴィリアンができる事なんて軽い荷物運びくらいのものだが。

48 : とある英国の第三王女 3/22[] - 2010/06/11 20:45:08.60 dJqG4u20 3/24

自信の無さそうなひ弱な返事にキャーリサは素っ気無い態度でヴィリアンに言う。

「まーお前がどこで何をしよーが私の知った事じゃないし。お前の護衛について行くヤツも毎日毎日大変だねぇ」

ヴィリアンは正直護衛なんて要らないと思っている。
王女だろうが何だろうが、所詮はただのイギリス国民。
街に住んでいる国民と対等に接するためにも、間に護衛なんて壁があると邪魔なだけなのだ。

しかしヴィリアンには第一王女のリメエアのようにこっそり宮殿から抜け出せるほどのスキルは無いので、仕方無くつけているという訳だ。
だがそんな彼女の思いも国民は理解しているので、彼女の遺憾の念は全くの無駄だったりする。

「私は別に護衛なんて必要ありません」

それに対しキャーリサはヴィリアンの言動を面白がるようにして答える。

「おーおー、護衛のヤツが聞いたらどんな顔をするだろーなぁ」

若干の居心地の悪さを感じ取ったヴィリアンは、急いでいるような口調で言った。

「……では先を急ぎますので、私はここで失礼します」

と、キャーリサに丁寧にぺこりと頭を下げて、足早にその場を去った。

49 : とある英国の第三王女 4/22[] - 2010/06/11 20:45:57.72 dJqG4u20 4/24

――

宮殿の外へ出ると、敷地内の広大な庭園が視界のほとんどを埋め尽くした。
以前はカーテナ=オリジナルの全次元切断攻撃の影響により、芝生等の地盤がめくれ上がっていた。
その様子はまるで巨大な怪獣が庭園を踏み荒らし、焼き尽くしてしまったようであった。

しかし今は以前と全く同じとまではいかないまでも、きちんと整備された庭園となっている。
平らになったアスファルトの地面、長さの整えられた芝生には所々に木や花が植えられていた。
特に花は様々な色のものが合わさった花壇として、綺麗なコントラストを描いている。
それもこれも庭師の人たちが、戦後に一生懸命庭園の整備に尽力したからであろう。

庭園の中を歩きながら、ヴィリアンは改めて今は見えない庭師の人たちに感謝の言葉を告げた。

「ありがとう」



ヴィリアンは庭園の端、つまり外へと出る門まで来た。
ただ、門といっても鉄の柵に厳かな紋章が飾られているようなそういったものは無い。
今は門なんてものは無くなってしまっている。
歪んだ鉄の柵の壁が途切れている所が門であった場所だ。

そんな門であった場所には門番として働いている兵が左右に一人ずつ、計二人いた。
門が門として機能していない以上、門番の役割は結構重大だ。
ヴィリアンは緊迫した空気を漂わせている門番の一人に声をかける。

「あの、外に出たいのですが、よろしいでしょうか?」

門番の一人は突然声をかけられた事に驚いていたが、声の主が第三王女とわかると安心したのか胸を撫で下ろした。
しかし声をかけられた門番は先程までの態度とは裏腹に、厳かな言葉で彼女に言った。

「何を仰られますか。今の情勢下で王家の血筋を引かれる方が無闇に外を出歩かれてはどんな事態になるのかはご想像できますでしょう?」

キッパリと断られたヴィリアンは心の中でチッ、と舌打ちした。
どうやらこの門番は今までヴィリアンを通した事が無いみたいだ。

ヴィリアンは今までにも何回も外へ出ようとして、門番に阻まれた。
だがその度に長い時間をかけて説得をして、結果、護衛付きで外へと出してもらっていた。
それをくり返している内に、日替わりで代わる門番もヴィリアンの顔を覚え始め、ついには彼女が来たときには何も言わずに護衛を呼び出させるほどまでになっていた。

ここ最近はヴィリアンが声をかけるだけで門番は護衛を呼んでくれたのだが、この門番はその経験が無いらしい。
仕方が無いのでもう一人の方の門番に声をかけようとしたが、やめた。
もう一人の方も、先程の門番の言った事に賛成だとでも言うように、首を縦にうんうんと振っていたからだ。

50 : とある英国の第三王女 5/22[] - 2010/06/11 20:46:59.40 dJqG4u20 5/24

ヴィリアンは思わずため息を吐きそうになったが、門番の前でそんな行為をする訳にもいかないので誤魔化すように顔をしかめる。
またあの長い説得をしないといけないのか、とやや落ち込みながらも説得のための第一声を放とうとしたが、

その前に後ろから男の声が聞こえてきた。

「何をしておられるのですか、ヴィリアン様」

ヴィリアンは突然の背後からの声に警戒するようにバッ! と素早く振り向く。
そこにいたのはイギリスの『三派閥』の一つ、『騎士派』の長である騎士団長だった。

彼の姿を認めると彼女は警戒を解き、騎士団長の問いに答える。

「私は今もイギリスの復興に全力を尽くしている国民の手助けをするために、街へ赴こうとしただけです」

彼の問いに答えた上で、第三王女は彼に尋ねる。

「あなたの方こそこんな所で何をしておられるのでしょうか?」

騎士団長はその問いにうむ、とやや眉をひそめて唸った。
ヴィリアンはその騎士団長の表情を怪訝な様子で見ながら、彼の答えを待つ。

騎士団長は少し考えた後にこう言った。

「いえ、こちらへはちょっとした野暮用で伺ったのですが……詳しい事は明日お話致します」

やや含みを持たせた言葉で彼女の質問に答えた騎士団長は続ける。

「それとヴィリアン様が街へ行かれるとの事ですが――」

「私は誰に何を言われようとも行きます。今の私にはやるべき事があるのです」

ヴィリアンは彼の言葉を遮って、自分の主張を言い放った。
その声はしっかりと芯のある、戦前の第三王女とはまるで違う勇ましいものだった。

騎士団長は第三王女の男(女だが)に二言は無い、と言わんばかりの態度に半ば呆れつつ彼女に言う。

「……私がいくらここであなたを止めても、ヴィリアン様は無理矢理にでも行かれるのでしょうね」

「ええ、もちろん」

ヴィリアンははっきりと答えた。
騎士団長はその言葉が返ってくる事がわかっていたかのように、彼女の肯定の返答に続けて言う。

「ではこうしましょう。私もこれから宮殿の外に行こうと思っていた所です。なので私がヴィリアン様の護衛をする、というのはいかがでしょう」

51 : とある英国の第三王女 6/22[] - 2010/06/11 20:47:56.02 dJqG4u20 6/24

ヴィリアンは彼の提案を聞いて驚いた。
彼の性格ならば何が何でもこの宮殿から外には出さないと思っていたのに。
でも事態は思わぬ方向に転がってくれた。
これはラッキー、と思ったヴィリアンは、

「是非、お願いしますっ」

と嬉しさの混じった返事をした。

そんな彼らの質疑応答を聞いていた門番は、その話が決まってしまう事を恐れたのか慌てて口を挟む。

「お、お待ちください! いくら騎士団長でも――」

「ほう。お前たちは私の実力が信じられないとでも?」

突然放たれた騎士団長の言葉の重みと迫力に、門番は『そういう訳では……』とたじろぐ。
門番が怯んだのを確認した騎士団長はヴィリアンにしか聞こえないような声で、内緒話をするかのようなニヤリとした顔で第三王女に告げた。

「では、参りましょうか。ヴィリアン様」

52 : とある英国の第三王女 7/22[] - 2010/06/11 20:48:55.66 dJqG4u20 7/24

――

ヴィリアンは騎士団長と一緒にイギリスの街の大通りを歩いている。
今となってはほとんどの建物は戦前のように元通りになっているが、ここまで復興させるのに大変な苦労を要した。



戦争の被害を被った当時のこの地域の国民は、街並みが突如瓦礫の山に変化した事の状況を飲み込めず、怪我をしていながらも泣き喚く事すらなく、ただ呆然と座り込んだ。
その光景はまるで、世界の終わりを示しているのかと錯覚してしまうほどに重苦しい空気に包まれていた。
ヴィリアンはそんな国民一人一人に激励の言葉をかけた。
第三王女の言葉に再び希望を持つ者もいれば、詭弁だと言い彼女の顔に泥を投げる者もいた。
普段なら極刑モノの行為であっただろう。
しかし彼女は顔に泥をつけられても、表情を崩さなかった。
第三王女は顔に泥をつけたまま、聖母のような笑顔でこう言った。

「大丈夫ですよ。イギリスは……こんな些細な事では堕ちません」

それからこの地域に住む国民は徐々にヴィリアンの心の大きさ、器の大きさを認め始める事となる。
ヴィリアンは毎日のようにこの地域に来ては、国民の助けになれるような事をした。
主に彼女は国民の怪我の手当てや看病、心のケアを担当していた。
初めのころは王室の第三王女という事で国民は敬遠していたが、ヴィリアンの方から積極的に話しかけ続けた結果、気の許せる友達に向けるような笑顔を見せ始めた。
そうして第三王女と国民との階級の壁はほとんど無くなり、今では軽い挨拶もかけてくるほどになっている。



騎士団長はヴィリアンが国民とすれ違う度に笑顔で挨拶をする姿を見てふと呟いた。

「……ヴィリアン様も変わられましたね」

「いいえ。私は今も昔も何も変わっておりません」

否定の返事をした彼女の言葉を、さらに騎士団長は否定する。

「いえ、ヴィリアン様は変わられましたよ。以前より……強くなられました」

「強く……?」

疑問系でくり返された言葉に彼は『はい』と頷きながら答える。

「『クーデター』以前のあなたはどこかおどおどとしておられていて、第三王女は頼りになる、とはお世辞にも言えませんでした」

53 : とある英国の第三王女 8/22[] - 2010/06/11 20:49:38.36 dJqG4u20 8/24

それはそうだろう。
ヴィリアンだってその事は自覚していた。
『人徳』はうわべだけの象徴の性質という事も理解していた。
実際、今でも彼女はそう思っているのだが、騎士団長はそれを覆すように言う。

「しかし、今のヴィリアン様の言葉には自信が漲っておられます。どんな事があっても諦めない、という強い想いが感じられます」

褒め過ぎだ、とヴィリアンは思った。
騎士団長の賞賛の言葉をもらった第三王女は謙遜して答える。

「そんな事はありません。私は強くなど……。本当に強くなったのは国民ですよ」

「国民……ですか」

「ええ。私は『クーデター』の一件で国民の力の強さを改めて感じさせられました。彼らが信じる事で救われる人がいる。命がある。未来がある。私はただ、彼らの信じる心を培う手助けをしたまでです」

騎士団長は彼女の優しくも力強い言葉に、フッと笑うと、

「その国民の中に、あなたは含まれてはいないのですか?」

「っ。そ、それは……」

と思っても見なかった所を突かれたヴィリアンは先程までの勇猛な態度はどこへ行ったのか、急におろおろと焦り始めた。

54 : とある英国の第三王女 9/22[] - 2010/06/11 20:50:25.27 dJqG4u20 9/24

その様子を見てクックック、と笑いを堪えている騎士団長にヴィリアンは腹を立てて頬を膨らませる。
騎士団長はこれ以上からかってはマズイなと思い、彼女に謝罪の言葉を述べる。

「……し、失礼。どうしても反応が可笑しかったもので」

「本当に失礼と思っているのですか?」

そう言いながらジト目で騎士団長を睨む第三王女。
騎士団長はそんな彼女の、男には絶対回避不可能な負のオーラを向けられて、全身から冷や汗がダラダラと流れ出ていると本気で感じた。

10秒ほどの沈黙が続いた。
騎士団長にとってこの時間は、今までのいくつも体験してきた重苦しい会議より、最も居心地の悪い時間となる事になる。

とそこでヴィリアンは妙な空気の緊張を解いた。

「……ふふ。あなたの性格はわかっているつもりですから。中々にからかい甲斐がありました」

彼女の本音を聞いた騎士団長はこりゃ敵わないなと表情を緩めながら思った。
そしてふと真剣な表情に戻してから掠れた笛のように小さく、しかしくっきりと通る声で言う。

「――でも、本当に強くなられました」

「……ありがとう」

彼の二度目の賞賛の言葉を、第三王女は素直に受け取った。

55 : とある英国の第三王女 10/22[] - 2010/06/11 20:51:14.24 dJqG4u20 10/24

――

ヴィリアンと騎士団長は大通りから少し離れた郊外のとある住宅街に来ていた。
今日はこの地域の家々の修復作業を手伝おうと彼女は思っている。

ひとまずヴィリアンは近くを歩いていた、茶色のペンキを持った初老の男に声をかける。

「あの、私にもお手伝いできる事はありますでしょうか?」

初老の男は第三王女の姿を確認すると『おお』とやや驚いた反応をして、彼女の質問に答える。

「いえいえ。もうヴィリアン様には十分手伝っていただきました。それに残る作業は塗装だけですから」

「そう……ですか……」

やや落ち込んだ調子で答えるヴィリアンを見て、初老の男は慌てて付け足す。

「ヴィリアン様が来てくださったときは本当に嬉しかったですよ。……あのときはもうダメだと思っていましたから」

「私はそんな――」

「ヴィリアン様がいてくれるだけで私たちは力が出るんです。そうだろう? みんなッ!!」

と初老の男が周囲に向かって叫ぶと、いつの間にかゾロゾロと集まっていた住民たちが首を揃えて縦に振った。

何と返事を返してあげればいいか迷っているヴィリアンを尻目に、初老の男は続ける。

「あちらに公園がございますのでヴィリアン様はそちらでお休みになられてください。護衛の方もどうぞ」

と二人は男に指を指された方向を見ると、数十メートルほど先にその公園はあった。
二人は断る理由も無かったので男の提案を承諾した。

その返事を聞いた男は『では』と手を振り、別れ際にこう言った。

「手伝って欲しいときにはお呼びしますので、それまでお寛ぎください」

56 : とある英国の第三王女 11/22[] - 2010/06/11 20:52:22.49 dJqG4u20 11/24

――

そういう訳でヴィリアンと騎士団長は初老の男に紹介された公園に来ている。

ヴィリアンは小さな公園だな、と率直な感想を抱いた。

案内された公園は四角形の公園で、一辺が二十メートルほどのものだった。
そして公園の中心には直径5メートルの円形の噴水が設置されている。
その噴水を囲むようにしてベンチが四基置かれていた。

そんな彼女にとっては小さい公園の一つのベンチに、ヴィリアンと騎士団長は座っていた。

座ってから数分経っているにも拘わらず、両者とも口を開かない。
ヴィリアンはふと騎士団長の方を顔を向ける。
彼は眉間に皺を寄せて難しい顔をしていた。
護衛に緊張でもしているのだろうかと思ったが、彼に限ってそれはない、とすぐに自分の考えを否定する。
実はこのとき、彼は心の中で『……こういう役は“ヤツ”がやるべきだろうがっ!!』と叫んでいたのだが、純粋な第三王女様は気付くはずもない。

沈黙の壁を破ったのはヴィリアンだ。

「あの、一つ質問してもよろしいでしょうか?」

「は、はい。私に答えられる事でなら何でもよろしいですよ」

突然声をかけられた事にややうろたえた様子を見せた騎士団長も直後に優しい笑顔に戻った。

「あなたはどういった御用で街に出られたのですか?」

「その事……ですか……」

騎士団長は先程にも増して眉をひそめた。
彼の態度に訝しげな表情を作ったヴィリアンはさらに尋ねる。

「……何か悪い知らせでも……」

「い、いえ! 決して悪い知らせではございません!」

騎士団長は第三王女の真剣な声色を聞いて、慌てて否定した。

「では何故見るからに険しい表情をされているのですか」

「そ、それは。その……」

と狼狽した様子を見せながら『うーんっ……』となにやらもの凄く悩む騎士団長。
一体何を考えているのだろうとヴィリアンが思っていると、彼が『これくらいならいいか……』と独り言を呟いてから彼女に言った。

「私はこれからある男と会う約束をしているのです」

「……ある男?」

57 : とある英国の第三王女 12/22[] - 2010/06/11 20:53:08.13 dJqG4u20 12/24

「はい。これはいかにヴィリアン様と言えども、その男について語る事はできません」

『三派閥』のトップである騎士団長がそこまで言う事ならとても重要な事なのだろう。
無理に突っ込んで彼に迷惑をかけるのも悪いと思い、ヴィリアンは『そうですか』と言い話題を切った。
だがそこで騎士団長はまるで悪い事を思いついたような笑顔を浮かべて、自らの言葉に付け加える。

「ただ……ヴィリアン様にとってはとても喜ばしい事になられるかと」

「? それってどういう――」

ヴィリアンが彼の言葉に疑問の意を伝えようとした所で公園の外から『ヴィリアン様ー!』と彼女の名前を呼ぶ声が聞こえた。
ヴィリアンは言葉を遮られた事による多少の不満を心の中に押し留めて、声が聞こえた方へ顔を向ける。

そこには先程の初老の男がこちらに向かって走って来ている姿があった。
男はヴィリアンと騎士団長の座っているベンチの対面まで来ると、二人に向かって再び口を開く。

「ヴィリアン様。これからお昼にしようかと思っているのですが、ヴィリアン様もいかがでしょうか?」

「そうですね……」

と彼女はそう言いながら騎士団長の方を見た。
騎士団長は目配りだけで『私の事なら構いません』とヴィリアンに伝える。
男はその二人の様子を見て勘違いをしたのか、

「あぁ。もちろんそちらの護衛の方も一緒でよろしいですよ」

と言った。
端からついて行くつもりだった騎士団長は男の言動に少しムッとしたが、悪気は無いのだろうと自己解決する。
騎士団長はヴィリアンの目から『行く』という意思を読み取ると、彼女より先に立ち上がって言った。

「では、参りましょうか。ヴィリアン様」

58 : とある英国の第三王女 13/22[] - 2010/06/11 20:54:00.80 dJqG4u20 13/24

――

お昼はどうやらこの地域の人たちが集まって広場でバーベキューをするらしい。
広場へ案内をしてもらっている途中で初老の男から聞いた情報だ。

ヴィリアンと騎士団長は公園を出てからまた住宅街の通りに入って、今は初老の男と一緒に歩道を歩いている。
歩道には街路樹が均等に植えられていて、それはレンガや石造りの家が並ぶ中で数少ない緑を感じさせた。

「バーベキューなんていつ以来かしら……」

ふとヴィリアンはボソリと呟いた。
彼女はバーベキューと聞いて内心かなりワクワクしていた。
普段は庶民の味というものから遠く離れた食事をしていたため、庶民の味にはとても興味がある。
庶民にはわからないかもしれないが、人間とは違う世界に憧れを抱いてしまう生き物なのだ。
しかし騎士団長には彼女の呟きの意味を理解されていたらしく、

「ヴィリアン様。……くれぐれも食べ過ぎないようにしてください」

と釘を刺された。
ヴィリアンは心の内を読まれた事の恥ずかしさで顔が赤くなるのを自分で確認できた。
彼女はそんな顔を騎士団長や初老の男に見せまいと、

「ふ、ふーんだ! 私の気持ちなんてあなたには一生わかりませんよ!」

と苦し紛れの言い訳をしながらダッと二人の下から駆け出した。

騎士団長は『やれやれ、手間のかかるお姫様だ』と思いながら、彼女の走る姿を目で追った。



このときバッキンガム宮殿から出て初めて、ヴィリアンと騎士団長の身体に一定以上の距離が生まれる事となる。



それは騎士団長が生んだ、一瞬の油断であった。

ドゴォオオオオンッ!!

と地鳴りがするほどの爆音がイギリス郊外の住宅街に広がった。

59 : とある英国の第三王女 14/22[] - 2010/06/11 20:55:01.94 dJqG4u20 14/24

――

ヴィリアンは自分の近くで鼓膜が破れるような爆音を聞いた。
音が響いた方向へ目だけを動かすと、そこから大量のレンガや石が嵐の如くヴィリアンへと降り注がれようとしているのを瞬時に確認した。
それはほんの一瞬の出来事。
そこへ、

「ヴィリアン様ッ!!」

という騎士団長の声が聞こえたかと思うと、彼女の身体は何かに包まれるような軽い衝撃を受けて宙を舞う。
宙を舞っている間にも彼女は身体に違和感を覚える。
視線を正面に戻すと、そこには騎士団長が着ていたスーツのジャケットが見えた。
どうやら自らの身体を盾にしてヴィリアンを守るつもりらしい。

ドッ!

と彼女は仰向けに倒れる。
地面に落ちた衝撃なのか、彼女は突然意識が朦朧とし始め、そして途切れた。

この後何が起きたのかは、ヴィリアンは知らない。
しかし、うっすらと開く彼女の瞼の隙間から覗く瞳は、確かに見ていた。

自分の上に覆い被さっている騎士団長の後ろに一人の男が立っていたのを。

その男は三メートルを超す巨大な剣を携えていた。

男は降り注いでくる瓦礫と石の嵐に向けて、大剣を構える。

構えた大剣の側面には文字が刻まれていた。

――『Ascalon』と。

60 : とある英国の第三王女 15/22[] - 2010/06/11 20:56:24.63 dJqG4u20 15/24

――

ヴィリアンはゆっくりと目を覚ました。
彼女はぼうっとした意識の中で、自分の身体が仰向けに寝かされている事を知る。
数秒の思考の後、ガバッ! と勢いよく身体を起こした。
彼女の視界に映ったのは、

バッキンガム宮殿内の彼女自身の部屋の景色であった。

ヴィリアンは意識が無くなるまでに起きていた事を思い出そうとする。
確か騎士団長と一緒にイギリスの街まで行った。
そこで街の男に一緒に昼食を取ろうと誘われて――

「ッ……!」

そこまで考えた所で、ヴィリアンの後頭部がズキリと痛んだ。

そう、あの後昼食が用意されている広場まで行く道中で何か大きな音がしたのだ。
おそらく、アレは爆発音。その刹那レンガなどが吹き飛んできた。
彼女を襲うレンガや石から守るために騎士団長は――

そのとき部屋の外から、

「ヴィリアン様? お目覚めになられましたか」

と若い使用人の声が聞こえた。
彼女は肯定の返事を返すと、使用人は数回のノックの後『少し失礼しますね』と言って、彼女の部屋へと入る。
使用人は看病に使用するのであろう濡れタオルや、氷枕などを抱えていた。

「御身体の方は大丈夫ですか? ヴィリアン様」

「はい。大丈夫です」

若干の嘘をついたヴィリアンはつい先まで考えていた心配事を使用人に尋ねる。

「あの、私の護衛についていた騎士団長はどうなられたかご存知ですか?」

「あの方なら傷一つ無くぴんぴんしておられましたよ。ただヴィリアン様をお運びになられたときは随分と慌てておられていましたけれど」

61 : とある英国の第三王女 16/22[] - 2010/06/11 20:57:16.23 dJqG4u20 16/24

どうやら彼は無事だったらしい。
無傷、という所に少しひっかかったが彼ほどの腕前の持ち主ならそれも納得できる。
彼女は彼の無事に安堵を抱いていると、使用人が今回の事について説明を始める。

「今回の騒動はヴィリアン様を狙ったものではなく、無差別に住人宅を狙った自爆テロだったそうです」

「……そう、ですか……」

「幸いにも近くには人がいなかったため死者は出ませんでしたが……。イギリスを信用できない人がまだいるのかもしれません」

ヴィリアンは悔やんだ。
己の未熟さに悔やんだ。

彼女は少しずつではあったが、国民に元気を、勇気を、希望を、未来を与えていた。
国民もその彼女の淑やかでかつ情熱的なエールに力をもらっていた。
ヴィリアンは戦後にやってきた事は決して無駄ではないと思っている。
今回の出来事も今の時勢では十分起こりうる事だっただろう。

それでもヴィリアンはまるで自分がテロを起こしてしまったかのように、ひたすら悔やんだ。

使用人はそんな彼女の様子の変化に何か感づいたのか、微笑を浮かべてヴィリアンに言う。

「ヴィリアン様のせいではございませんよ。負い目を感じられる必要はございません」

「……でも」

「ヴィリアン様は今まで本当に素晴らしい事を成し遂げてこられました」

使用人は思い出話を語るように続ける。

「ヴィリアン様は『人徳』に優れていると言われておりますよね。それは人の心を掴んでいるという事です。すごい事ではないですか」

「そんな事はありません。今回のテロも言うなれば私の『人徳』の不足が生んだようなものなのですから……」

「……でしたら、これからまた頑張ればいい事ではないですか」

ヴィリアンは声の調子が変わった使用人の言葉に『えっ』と考える前に声が出た。
使用人は何回やっても逆上がりに失敗する子どもに向けて励ましの言葉を送るように言う。

「今回のテロリストはイギリスを信用できずにテロを起こしました。なら、ヴィリアン様はそのテロリストにイギリスは信じられると思わせればよいのです」

62 : とある英国の第三王女 17/22[] - 2010/06/11 20:58:06.12 dJqG4u20 17/24

無茶苦茶な理論だったが、あながち間違いでもなかったのでヴィリアンは否定しなかった。
いや、否定できなかった。

ヴィリアンは国民に『人徳』に優れた王女と言われている。
彼女はそれしかとりえがないが、それ故に唯一の大きなとりえだ。
そんな唯一のとりえすら無くしてしまってはもはや王女としての意味がない。

やってやる、とヴィリアンは誓う。
イギリス国民はもちろん、テロリストにも認められるような王女になってみせると。

ヴィリアンの表情に自信が宿るのを見て、使用人は安心した軽いため息をつく。
そして安堵の気持ちのままヴィリアンに休みを取るように促す。

「さあ、今日はもうお休みになられてください。明日は『騎士派』の長がヴィリアン様に正式に謝罪をされるそうですから」

「謝罪……?」

「はい。明日の正午に宮殿内の応接間に来てもらいたい、との事らしいですが……」

「応接間……ですか。わかりました」

ヴィリアンは謝罪の場所にしてはおかしな所だな、と思いながらもとりあえず了解の返事をし、起こしていた上半身を寝かせて眠りについた。

63 : とある英国の第三王女 18/22[] - 2010/06/11 20:58:57.11 dJqG4u20 18/24

――

ヴィリアンが目を覚ましたときにはすでに午前十時を過ぎていた。
彼女の生活習慣からは考えられないほどの遅い起床だったが、ヴィリアンは特に驚かなかった。
昨日の出来事はそれだけヴィリアンにとって疲れた一日であったのだ。

ひとまず朝の身支度をする。
いつもの彼女なら顔を洗ったり、歯を磨いたりなど一般の人と変わらない事しかしない。
何故なら彼女は例え私室でも公務に影響の出ない最低限の服装をいつでもしているからだ。

しかし昨日は事情が違う。
気がついたら寝巻きのような服に着替えさせられていて、髪も下ろされていたのだ。
なのでドレスを着たり、髪を整えたりするのに多少の時間がかかってしまった。

最低限の準備が済んだころには十一時半になろうかという所だった。
少し早いかもしれないが早めに行っておいて損をする事はないと思い、ヴィリアンは騎士団長に呼ばれた応接間に向かうため、私室の扉を開く。

長い廊下には歴代の騎士たちの盾の紋章が等間隔で飾られて、並んでいる。
ヴィリアンには見慣れた光景だ。
彼女は廊下に等間隔に並べられた盾の紋章を眺めながらコツコツと歩く。
そして彼女は何の変哲もないその長い廊下を渡りきった。

だが、その事に彼女は違和感を覚えた。

一般人がこの廊下を眺めながら歩いた所で何も変には思わないだろう。
綺麗に飾られた盾の紋章が等間隔に並べられている事に何の違和感も感じないだろう。

だが、綺麗に並んでいたからこそ彼女は違和感を覚えた。

――空白がなくなっている?

その事実を脳が認識したときには、彼女の身体はバッ! と空白があった場所へ駆け出す。
まさか、と思った事をそのまま口に出しながら走り、空白のあったはずの目の前に立った。

そこにはある盾の紋章が飾られていた。

基本色の青の上に基本色の緑を重ねた、紋章としてルール違反の紋章が。

ドラゴン、ユニコーン、シルキーと『現実には存在しない生き物』を三つも配置したひねくれ者の紋章が。

『ブリテン・ザ・ハロウィン』のときに助けに来てくれた、あの男の持っていた剣の根元に付いていた紋章が。

今、ヴィリアンの目の前に飾られていた。

64 : とある英国の第三王女 19/22[] - 2010/06/11 21:00:12.01 dJqG4u20 19/24

ヴィリアンはあまりに衝撃的な光景を目の当たりにして、頭が真っ白になった。

何故、彼の紋章がこんな所に?
彼女は目を閉じて今起きている現実に理由をつけようと必死に考えを巡らす。
数分ほど考えた所で、昨日抱いたおかしな点を思い出した。

(今日彼が謝罪をすると行っていた場所……)

応接間。
文字通り、来客の応接をするための部屋だ。
正式な謝罪をする場所としてはあまり好ましくはないだろう。
バッキンガム宮殿の部屋が全て埋まっているという可能性はまず無い。
それはつまり、

(来客……。まさか……)

そこまで思い至ると、彼女は応接間へ向けて脱兎のような勢いで廊下を走り出した。

(まさか)

途中、彼女の様子に驚いた数人の使用人とすれ違ったが、ヴィリアンは見向きもせずに走りつづける。

(まさか。……まさかっ!?)

ヴィリアンはドレス姿で全力疾走した末、一分も経たずに応接間の扉の前にたどり着いた。
彼女は乱れた呼吸を整える時間も、額を流れる汗を拭う時間をも惜しんだのか、ノックもせずにバーンッ! と目の前の扉を開け放った。

応接間の部屋には二人の男が立っていた。
一人は騎士団長だ。
彼は扉を開けた彼女と向き合うような形で立っている。

そんな彼とヴィリアンの間に、彼女には背を向ける形で騎士団長の方を向いている男がいた。
茶色い髪に青系のゴルフウェアのような服装をした大男だった。

ヴィリアンはその男が誰か知っている。
今までずっとずっと会いたかった男だ。
彼女は声を出そうと思ったが、緊張しているのか口がパクパクと開閉するだけで何も出ない。

65 : とある英国の第三王女 20/22[] - 2010/06/11 21:01:35.42 dJqG4u20 20/24

騎士団長はヴィリアンの姿を確認すると、軽く礼をしてから言った。

「お待ちしておりましたヴィリアン様。この場所まで御足労を煩わせてしまい申し訳ございません」

「…………あ、あの」

「先日は護衛として付き添っていたにも拘わらず、御守りできずに申し訳ございませんでした」

「……い、いえ。そんな」

「私は護衛失敗の原因を一日考察した結果、護衛としての力不足であったと結論付けました」

「そ、そんな事は」

「そこで本日より『騎士派』に配属される事になったこの男に、ヴィリアン様の護衛を任命したいと思っているのですが……」

騎士団長がそこまで言うと、彼の言葉の内容を初耳だ! と言わんばかりの表情を浮かべた男は、騎士団長にひっそりと言う。

「き、貴様。そんな話は聞いていないぞ!」

「黙れこの傭兵崩れ。ここは俺に任せておけ」

「何を任せるというのであるか!?」

露骨なまでにニタァっとした顔をしながら、男の主張を聞き流す騎士団長。
その様子に口をポカンと開けて固まっている第三王女に彼は気付くと、慌てて表情を元に戻し(きれていないが)、彼女に言う。

「いかがですかヴィリアン様。この男を護衛にしてみてはどうでしょう?」

「あの、その……」

「ああ。名前も顔もわかっていないのに護衛もなにもありませんね」

と言うと騎士団長は男の方を向き、

「ほら。ヴィリアン様に挨拶をしろ。……何を恥ずかしがっているんだ。頬を赤く染めやがって。気色悪い」

そこまで言った所で、男が光速と錯覚してしまうほどの速さで騎士団長の腹に拳を突き刺した。

ボゴォンッ!!

と人間の身体からは出てはいけないような轟音と共に騎士団長は吹き飛んだ。
彼の身体は宙へと浮き、何度か床をバウンドした後、壁へとぶち当たった所でようやく止まった。

男が騎士団長を殴り飛ばしてから数分の静寂が、この部屋を支配した。
部屋にいる三人はほとんど動かない(一人は物理的に動けない)。

66 : とある英国の第三王女 21/22[] - 2010/06/11 21:03:29.66 dJqG4u20 21/24

ヴィリアンはその間に気持ちを落ち着かせていた。
今日起床してから予想外の展開続きで頭がパニック状態に陥っていたのだ。
だが、気持ちを落ち着けた彼女は目に映る光景が現実だと知る。

突然、彼女の身体が震え始めた。
その震えは恐怖でもない、怒りでもない、歓喜によるものだ。
彼女は声をも震わせながら、目の前の背を向けて立っている男に尋ねる。

「……ウィリアム……なの?」

「……はい」

「私の方を……向いてくれるかしら?」

「わかりました」

そう言うと、ウィリアムと呼ばれた男はヴィリアンのいる位置へ身体を向ける。

――そこにはウィリアム=オルウェルがいた。

ヴィリアンが今まで何回も会いたいと願いながらも、叶わなかった彼がそこにいた。

気がつくとヴィリアンは彼に向かって走っていた。
そして彼女は走る勢いのまま、ウィリアムの厚い胸の中に飛び込んだ。

「ウィリアム! ウィリアムッ!!」

ヴィリアンは彼の名前を叫びながら泣いた。
やっと会えた嬉しさに、彼女は湧き出る感情に身を任せて泣き続けた。
その光景はまるで、迷子になった少女が父親に会えたシーンのようだった。

67 : とある英国の第三王女 22/22[] - 2010/06/11 21:04:07.48 dJqG4u20 22/24

――

一通り泣き終えたヴィリアンは、ウィリアムの身体から離れて一歩後ろに下がった。
彼女はウィリアムの顔を見る。
相変わらずのしかめっ面だ。

ヴィリアンは腕を彼の顔の位置にまで上げて、手首を上下に振る。
彼の頭の位置を下げろというジェスチャーだ。
ウィリアムは第三王女の指示に従い、前かがみになる。
ヴィリアンは彼の下がった顔に向けて爪先立ちをし、

――彼の唇めがけて、自らの唇をそっと優しくつけた。

一秒。
それがヴィリアンとウィリアムの唇が重なった時間である。

ヴィリアンは唇を離して、また一歩下がる。
ウィリアムは鳩が豆鉄砲を喰らったかのような顔をして固まっている。
彼のいつもの表情を知る人が見れば、その人はきっと笑い転げる事だろう。

そんな彼にヴィリアンは、今までずっと言いたかった言葉を満面の無邪気な笑顔で彼に伝えた。

「お帰りなさいっ! ウィリアムッ!!」

fin.

68 : VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[] - 2010/06/11 21:05:14.13 dJqG4u20 23/24

以上です。

王室派メインのSSをあまり見かけなかったので書いてみました。
書いてみたけどSS初心者の俺に外国はまだ早すぎた。
反省はしている。後悔はしていない。

ウィリアム×ヴィリアンを書くつもりだったのに、書き終わってみれば騎士団長×ヴィリアンになっていた。どうしてこうなった。

地の文の批評などしてもらえると嬉しいです。
『その』系使いすぎたかな……

需要はあると信じている。

69 : VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[sage saga] - 2010/06/11 21:08:41.07 j8NmXFo0 24/24

乙!普通に面白かったしセンスもあると思うよ

「その」系使いすぎは俺も言われたけど連続させなきゃ大丈夫じゃないかなー。
そこまで大きい違和感は感じなかった。