※関連:断片 の訂正版
一方通行。
これは《今》の自分の名前。
それは『昔』の《彼女》の名前になるはずだった名前。
『学園都市最強』、そう謳われた能力。
それに伴いきれてはいない、幼く脆弱な精神。
白い髪、紅い目、整った陰りのある容姿。可哀そうなくらいか細い身体。
そんな《彼女》に出会ったのは、『暗闇の五月計画』という《彼女》の能力を基盤とした能力者を量産しようとする計画の直後だった。
その計画の実験対象は、自分も含む《置き去り》の子どもたちだった。
《検体番号一〇〇三二》
それが計画内で自分に与えられた記号。使い捨ての歯車の一部。
命を懸けた籤引き番号、選ばれなかったら堕ちていく受験番号。
「………」
そして、自分は選ばれた――。
関係あるなしに関わらず、多くの犠牲を中からただ一人だけ。
たった、独りだけ…。
実験は明らかな失敗だった。
求められた人員や基準を満たせなかった。
ましてや、多くの失敗を出しながら何の方法論の確立はおろかその手がかりすら残せなかったのだから、仕方はなかった。
結果、この計画に関わった研究者たちはこの『計画』を自身のキャリアに残したくないと、一人一人、静かに研究室から消えていき、最終的には自分ともう一人、顔に刺青を入れた男の研究者だけしか研究室に残らなかった。
その男の研究者は自分に通告する。
『明日、お前の処分が決まる』
『確かに、お前は運が良く、生きる価値のあるクズだ』
『でもよ。残念な事に現実は厳しいんだよ、クズが。結果を出ない奴を生かしておく義理や暇はねぇ』
『……だが俺は寛大だ、慈悲深い。クズはクズでも、使いそうなクズは使う』
『だから、テストだ。お前みたいな臭いブタでもわかるルールだ』
『俺が大切に大切に、だ…。
調教、もとい育てた上げたろりぃなあいつに傷ひとつでもつけたら、テメェの勝ち。
負けたら…わかるな。同じクズでもと一緒に、焼却炉でおねんねだ』
『そうか、精々頑張れ。
相手はたかだか普通の学園都市最強、だ。
ギャハハハハッハ、ハ、ハハハハハッハハハハァハ』
『あと最後に』
『ねぇ、と思うが…億が一、あいつに傷でもつけたら、俺が殺す』
『地獄の底までテメェに着いていって、三千回以上ブチ殺す。』
『絶対にお前を殺す』
そして、残念な事に自分はそのテストに合格した。
《彼女》を傷つけた自分は、男の研究者に重症を負わされ、一週間後、目覚めた。
気持ち悪いほど、紅く染まった天井。
自分に繋がっている多くのチューブ、計器、様々な装置。
四分の一しか開かない窓からは、夕日が差し込み、レースのカーテンを揺らしている。
外の空の青は段々濃くなっていき、夜の冷気が部屋を満たしていく。
自分の右手を掴み、心配そうに覗きこんでいる白い《彼女》。
自分が目を覚ますと《彼女》は、慌てて手を離し、顔を背けた。
訪れる沈黙。
《彼女》の背けた顔の左頬には大げさに貼られたガーゼ。
自分が《彼女》に負わせた傷。
自分は全身の痛みを我慢しながら、《彼女》の温もりが残る右手を上げ、そっと僅かに《彼女》の左頬に触れ、小さく呟いた。
ごめん、と。
自分の精一杯の誠意のつもりだった。
それを聞くと、彼女は一度だけ、びくん、と肩を震わせ、頬に赤みが増し、こちらを向き、舌足らず口調のまま、まくし立てた。
『何がごめんですか、こっちは超心配したンですよ。
ホント、超ウザイです』
…本当にごめん。
『なんで何回も謝れるンですか、この超変態』
変態でもなんでもいい、悪かった。
『謝るのはもういいですから、この傷の超責任とって下さい。
私を瑕ものしたせ、き、に、ん』
責任か…とればいいが。どうやってとればいいのか、正直わからない。
『…どういう方法で超責任とれば、いいかって。
そンなの、自分で考えて下さいよ』
……、……。
『……。わかりました。
この超ノロマなあなたに代わって、超責任のとりかたを教えてあげます。あなたは、私の超しもべになりなさい』
……悪い、言って意味がわからない。
『意味が判らないって。ホント超馬鹿ですね。私のしもべの仕事は…』
『ずっと私が傍にいる事。
ずっと私を怖がらない事、無視しない事。
私がいけない事をしたら、きちんといけないと言ってくれる事。
それからそれから――』
夕日が沈み、薄暗い病室の個室の中で《彼女》はわずかに自分から顔を背け、静かに確かに、こう自分に呟いた。
『――ちゃんと私を殺してくれる人……』
そう言った《彼女》の表情を自分は見る事ができず、何も言えなかった。
「……」
その後、しばらくは割合穏やかな日々が続いた。
幾つかの自分に変化が起きる。
一つ目は自分の名前が《一方通行》になった事。
理由は《検体番号一〇〇三二》では《彼女》曰く、『超呼びにくい』との事。
それはまったくの同意だが、この名前もどうかと思う。
聞けば、《あの》男研究者が《彼女》の能力に例えて、考えた名前らしいが、
《彼女》はどうしても嫌らしく、『超呼びにくい』自分の名前に転用されたらしい。南無。
二つ目は《あの》男研究者がやけ自分を狙ってくる事。
新薬投与やら、新型の駆動鎧やら、能力開発(実際は人間一人サンバック劇場)の実験に強制的に参加させられ、狙われた。
その度に自分は入院させられ、朦朧する中、対岸には多くのギャラリーが見守る川原で、新種の人型カエル《冥土返し》と死闘を繰り返す夢を見た。
そして、三つ目は《彼女》がずっと傍から離れない事。
食事の時も、就寝の時すらも一緒だった(流石にトイレ時と入浴時は遠慮した)。
いい加減に離れてくれ、と頼んでみたが、《彼女》が上目遣いで『…だって、離れると超怖いですから』と言われると、何も反論できなかった。
《彼女》は自分の『能力』開発にも手伝ってくれた。
もともと《彼女》の能力や演算パターンを基盤にしている為、見違えるように自分の『能力』は向上した。
ありがとう、と言うと《彼女》は笑顔になった。
初めて見る《彼女》の笑顔だった。
その笑顔は温かく、他人がどう言おうと少なくとも、自分はこの笑顔の為に死ねると思った。
そう、確かに思ったさ。
でも、これは『人』が《記号》として、《処理》されていく実験の間に『人』としてまだ、自分は大丈夫か、と問いあう馴れ合いだったのかも知れない。
甘噛み、に似た行為。
痛みから立ち向かう事をせず、覚悟もなしにお互いを慰めあう幼稚な行為だったのかも知らない。
だが、当時の自分はこの事は知らないし、気付かなかった。
でも、《彼女》は知っていて、自分に教えなかったかもしれない。
しかし、その平穏な日々も終わりが告げる――
《絶対能力者計画》
自分はこの計画の内容は詳しくは知らないが、この《学園都市》の最高の能力者の位である《レベル五》から、更に上の『神』にも似た能力者を生み出そう、という計画らしい。
その《絶対能力者計画》の被験者に選ばれたのは、当然ながら『学園都市最強』たる《彼女》だった。
《彼女》が自分に名前をつけて欲しい、と言ったのはその《計画》が始まる三日前だった。
その前後から自分の傍から《彼女》は離れるようになった。
自室で二日間考えたが、全然女性の名前なぞ自分には考えられず、不本意ではあるが人に頼る事にした。
頼ったのは、何度か自分と面識がある『完全ニートマニュアル』を愛読する女性研究者だった。
女性研究者は、自分が二日間ろくに寝ずに考えた問題を三秒足らずで解決し、《彼女》の名前を書いたメモを自分に渡した。
自分は彼女に礼をいい、その部屋を急いで出た。
小さく後ろで聞こえる、
『ごめんなさいね。
わたしって、どこまでいっても、甘いから。
優しくなくて、甘いから』
という言葉が聞こえず、《彼女》の部屋にむかった
しかし、《彼女》は部屋にはいなかった。
薄暗い部屋の中、雨の音だけが響いた。
電気を点けると、机の上にメモが残しあった。
『今まで、超ありがとう。そして超ごめんなさい』と。
《彼女》の嘘に気付いたのは、その時だった。
いや、この嘘に気付いていないのは、自分だけだったかもしれない。
自分はゆっくりと女性研究者のメモを開く。
そして、そこに書かれた文字を見て、周りの音が消え、感情が一定になり静かに涙が出た。
メモの文字。
そこには自分が《彼女》与え続けようと思った感情、これから先欠け続け、ずっと埋まる事がないであろう気持ちが書かれていた。
たった二文字。
『最愛』と。
713 : VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[sage saga] - 2010/06/15 14:16:30.57 CDkpgJs0 8/8
この前、投下したSSの訂正版です。
何度も同じSSをしてすいません。