632 : 忘却の空4-1[sage saga] - 2010/06/28 23:50:32.42 KVLR1BM0 1/4

※関連:忘却の空 忘却の空2 忘却の空3



そのページを見るたび、そわそわしてしまう。
そんな自分を認めたくは無いものの、心が浮つくのを止められるはずもなく。
一方通行は、今日も今日とてカレンダーを睨みつけていた。
彼をそんな風にしている原因は、一方通行自身が付けている日記。そこに記された日常の中の、とある記述のせいだった。

発端は、遡ること二十日と三日――七月三十一日の、夜中のこと。




本日の夕飯はハンバーグ。個人的嗜好でチーズを乗せてもらった。大変良く出来ました、とハンバーグを心のなかで褒めてみる。あくまでハンバーグを。
食器を流しに運びこんで、打ち止めが率先して風呂に湯を張る役を買って出て――彼女は最近お手伝いが好きだ――デザートのカットパインを口に運びながら芳川が唐突に言った。

 あら、打ち止めの誕生日まで、ちょうど一ヶ月ね

 ほんとじゃん。 早いもんだなぁ、子どもの成長っていうのは

 やめてよババ臭い…

ひらひらと顔の横で手を振る芳川は、それでもどこか嬉しそうだ。 二十代後半だと記憶しているが、母性愛というのは年齢不問らしい。
それにしても、誕生日とは。 あの子どもはクローンだ。 ということは、彼女の誕生日というとどういう基準で判断しているのだろう。

 オイ、誕生日ってのはどォいう事だ?

 誕生日は誕生日よ。

 一ヶ月後っつゥと…九月か?

 違うわよ、八月三十一日。


それでは計算がおかしい。あのガキはその頃にはすでに培養器から出て一週間が経っていたという。そして、クローニングが始まったのはさらに前。絶対能力進化計画始動はもっともっと前だった。
俺は首を捻った。捻ったところで正解は浮かんでは来ないが。

元スレ
▽ 【禁書目録】「とあるシリーズSS総合スレ」-8冊目-【超電磁砲】
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4gep/1277220435/
634 : 忘却の空4-2[sage saga] - 2010/06/28 23:51:02.07 KVLR1BM0 2/4



 桔梗、そろそろ答えを教えてあげたほうがいいじゃんよ?

 しょうがないわねぇ。…打ち止めが、あなたと出会った日が自分の誕生日だって言って聞かないのよ。


二人の女が、まったく同じ表情で頬杖を付いている。ニタニタと、表現しがたい笑顔で。成分の九十九・九%が優越感と揶揄で構成されているに違いない。
柄にもなく、一瞬ポカンとしてしまった。慌てて表情筋を引きしめて毒づく。この年増共が。毒付くが、今のこいつらには効果が薄いだろうことは明らかだった。


 お前と出逢って、自分は最終信号から打ち止めになったんだ、って言うんだ。
 計画の為に生み出された最終ロット、クローンの中の一個体から、一人の”打ち止め”って名前の女の子になったんだ、ってな

 イヤーン。男冥利に尽きるわねぇ~?

 ぶぁ、あっははは! お、おと、男冥利ねぇ! ずいぶんなよなよした体つきしたカレシじゃん!

 おーし黄泉川、表にでろォ

 じょ、冗談じゃん!


己抱きしてクネクネと身をよじる芳川と、あーだこーだとありもしない”男女の馴れ初め”を妄想する黄泉川を放置して、部屋へ戻る。
くっだらねェ、つっまンねェ、だっせェ。
何を誤魔化したいのやら、俺はそんな言葉ばかりつぶやいていた。 

部屋の壁にかけられた大きなカレンダー。綺麗なアサガオの花の写真。七月の最後の日。
全てのマスが子どもの字で埋め尽くされたそれを、めくってみた。
八月の写真は、海。寄せる波と涼しげな木陰、そして見ているだけで日焼けしそうな砂浜。実際に見たことは無い、海というこの国を覆う大きな水たまり。
その下の三十一個のマスには、何も書かれていない。これから書き込まれていくカレンダー。
八月最後の日――そこも、当然空白だ。

俺はペンを手にとって、そのマスに書き込もうとした。今しがた教えてもらった大切な日を。
そして、書き込めなかったのだ。
――恥ずかしくて。

結局俺は日記のすみっこに、「八月三十一日打ち止め誕生日」とだけ小さく殴り書きして、見直すこともせず枕元に放った。
きっと明日なんのことか解らなくなっているだろう。でもなぜか、その由来だけは忘れそうになかった。 …当然そんな奇跡は起きないのだけれど。


635 : 忘却の空4-3[sage saga] - 2010/06/28 23:51:52.29 KVLR1BM0 3/4



日記の七月三十一日のページを見るたびに、俺はもやもやとした気分になる。
朝見て言い様のない気分になって、昼間もう一度確認してのしかかる重みを感じて、夜さらに読み返して、今度こそうんうんと唸りだす。
八月に入ってから、日記には「朝から気分が悪い」だの「七月三十一日の俺死ね」だの書かれている。
今日も朝から気が重い。

誕生日、らしい。

誰のって、あの子どもの。
大人二人は誕生日を祝われても、一瞬喜んで次の瞬間には陰鬱な空気を放出するだろう。未だ独り身であるし。

はあ、とため息をついて、カレンダーから目を背ける。
三十一日の欄は空白。当然だ、まだ二十二日だ。あと九日。あと九日で、子どもの誕生日が来るらしい。


 …七月三十一日の俺死ね、マジで死ね。 何考えてンだ死ね。 マジで三回くらい死ね…


ブツブツと自分でも気味の悪い事を呟くことが増えた。
今のところ保護者達には聞かれていない。聞かれていたら多分病院に連れていかれているだろう。
がりがりと壁を引っ掻く。苛立ちがどんどん募っていく。まったく、まったくもって信じられない。俺は何を考えているんだ?
そこかしこに張り付けられた付箋が、そんなこと許さないと睨みをきかせている。
自分でつけている日記の全てが、そんな広がりはありえないと教えてくれている。

その日の夜、俺は意を決して保護者二人に直訴した。


 …外に、出てェンだけど


痛いほどの沈黙。分かっていた。
俺の世界は、このマンションのこの階のこの家の中以外にはあり得ない。自分の部屋から、玄関まで。ソレ以上広がらない世界。
閉塞感は無い。小さくもない。不自由も無い。 けれどどうしようもないほどに、――セカイから切り離された、空間。

真っ青になった二人の顔は、きっと忘れられないだろう。 …今日の俺が眠りにつくまでは。


636 : 忘却の空4-4[sage saga] - 2010/06/28 23:52:50.51 KVLR1BM0 4/4



外に出るというのがどれだけ危険であるかということ。
第一位という立場は変わらずそこにあって、今も命を狙われることが予測出来ること。
一年という時間は、学園都市の技術が向上するには十分すぎる時間であること。
見慣れた街並みは、もう無いかもしれないこと。

そう言われても、俺は「やっぱりやめた」とは言えなかった。
何故今になって、と言われても、理由を話せなかった。
出て行くつもりなのか、と問われたときは、全力で否定した。

言えない。 外に出たい理由が、まさか――

真剣に俺を心配する二人に、ズキズキと良心が軋みを上げているのがわかる。 が、言えるわけがないのだ。こんなのは自分らしくない。

外に出たい、家出じゃない、ちゃんと帰る、ちょっと散歩したいだけ、日光浴、新しい文化交流、どんどん胡散臭い理由になっていく。
だが本命だけは言えない。言えないのだ。絶対に言うわけにはいかないのだ。その日までは!



結局、ため息とともに二人は折れてくれた。

迷子にならないように、携帯を買ってきてくれること。
その電源を絶対に切ってはいけないこと。
――必ず、この家に帰ってくること。

自惚れでなく俺の事を心から大切に思っている大人二人が、「夕飯までに帰らなかったらフルボッコ」といい笑顔で言ったので、俺はようやく外出の許可を得たのだった。





と、ここまできっちり顛末を日記に書き綴って俺は寝た。
ちゃんと明日、理解出来るように。俺みたいな、昨日のことも覚えていられないドがつく馬鹿でもわかるように懇切丁寧に。

「八月二十四日は買い物。子どもが喜びそうなものを選ぶこと。外出の要件は同居人に内緒にすること、注意」

…コレで俺は明日わかるだろうか? 少し不安になってきた。