692 : さみしさのしゅうはすう 1/3[saga] - 2010/11/14 00:43:30.81 O6FcsMAO 1/3


 この国の過半数の若者が特定の宗教に傾倒を持っていない事は、現代に留まらない半永久かつ土壌的な風潮に他ならず―――
いつだったか、そんな説論を本筋から脱線しまくった教師が熱弁していたような、などと記憶の糸を辿りながら、
とりあえず結標淡希は天井と退屈な睨めっこ合戦を展開している。

 実際、それほど強烈な眼力を放射できてはいないだろう。
頭の下に敷いてもらった氷枕も三十分で蕩けるような高熱に蝕まれ、ぼんやりと視界を潤ませる双眸は焦点の精度さえ危うい。
無防備な脳味噌を金槌で丁寧に潰されてるみたいな癖の強い苦痛と、唇が火膨れてしまいそうな荒息。
肺を収縮させると肋骨が軋んで、その度に全身が辛かった。呼吸がしにくい。

 毛布を二枚も厚く折りかさねて肩の上まで被っているのに四肢の隅々までぞわっと波紋を広げてゆく悪寒は、
安らかな睡眠から病人を残酷に遠ざけてしまって、産まれたばかりの仔兎さながら小さく震える事しか赦さなかった。

 こういう訳で、恋人と行く筈だった遊園地の計画を断念するしかなかった淡希は、教授の話に一つの結論を呟いた。


 「……使えない、神様ね……けほっ」


 如何にも罰が当たりました的な具合に喉が詰まって、咳が連発しはじめたので少しだけ焦った。
過剰に体力を消耗している今は、些細な生理現象も爆弾に匹敵するほど強烈な衝撃に変わるから、煩わしい。

元スレ
▽ 【禁書目録】「とあるシリーズSS総合スレ」-16冊目-【超電磁砲】
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4gep/1288428782/
693 : さみしさのしゅうはすう 2/3[saga] - 2010/11/14 00:44:50.09 O6FcsMAO 2/3


 「は、ぁぅ……」


 我慢を貫く為に、ぎゅっと左右の瞼を瞑ってみると予想外に頬が濡れる。
いつしか幼い頃の弱々しい子供の精神に還ってゆく淡希は、既に痺れるくらい悪意的な風邪の症状に疲れきっていた。
みっともなく眦から垂れる雫を拭うことすらも忘れながら、みすぼらしく、静々と、ないた。


 「っ、……ひ、ぅく……」


 嗚咽は言語とは一線を画する。リズムと節が絶対的に違う。
……そのせいだろうか。しゃくりあげてから僅か数秒で、迅速に寝室の扉が蹴りあけられた。


 「―――どうした、オイ」


 一から始めて十まで数えきれないだろう短時間の静寂の内に、淡希が溢れさせた涙に報いるような、
優しくて暖かくて、けれどもどこか不器用な慰労が鼓膜を擽った。
うごけない淡希の視界の端に、細身で白いけれど安堵を齎す影が映りこんだ。
その人は音を殺しながら此方に歩いてくると、ベッドには座らず枕元の床に、
躊躇も無く片膝を落として窮屈な体勢で屈みこんでくれる。


 「痛ェのか?」


 幼稚にぐずる自分にはもったいない程、純粋な憂慮を匂わせる問が聞こえてきた。

694 : さみしさのしゅうはすう 3/3[saga] - 2010/11/14 00:45:57.75 O6FcsMAO 3/3


 「一方、通行……」


 違う。心の柔らかい処を刺している錐の名は、後悔だ。
二週間も前から待ちこがれてきた特別な一日は返ってこない。

 でも、それだけじゃない。


 「……ごめんなさい……」


 体調の都合で台無しにした事を謝りたかった。それから、できたら傍に来てほしかった。限界だった。

 頑張ってゆっくり布団から抜けださせた右の腕には、一瞬だけひんやりした室内の空気が触れたけれども、その一途な努力は実った。
たちまち宙を泳いだ掌の下に見掛けよりも逞しい指が滑りこんできて、どんな不安も払いのけるよう、きつく、その手は握りしめられるのだ。


 「結標。単刀直入に聞くがよ……淋しかったって事で、良いんだな?」

 「……、……うん」

 「俺の方こそ悪かった。此処にいる。眠っても、いてやる」

 「……うん」


 一人には、しない、と。

 何て贅沢な約束なんだろうか。
テーマパークのチケットもデートも、きっと足元にも及ばないような宝物を、私は今この男に差しだしてもらっている。


 「ぅん、……うん……」


 もう矜持を取繕う余裕は無かったから、返事は、やっぱりくしゃくしゃした心を反映して随分な鼻声だった。だったけれど。

 ――不思議なほど、その後に訪れた微睡が幸福だった事は忘れられなかった。


---


たまには弱気になるあわきん可愛いよあわきん、ってお話を考えたらこうなった。
おしまい。