422 : 忘却の空4.5-1[sage] - 2010/07/21 23:54:55.07 PCNCFEQ0 1/9

※関連:忘却の空 忘却の空2 忘却の空3 忘却の空4


コレはないわ。

コレは…ないわ。

鏡に映った俺は、完全無欠の変質者だった。


 あははははははあぶぶっ、ぶあっははははうげっほうえっほ!!

 やばいじゃん一方通行。もうマジヤバイ。どのくらいヤバイかと言うと、マジヤバイ。

 オマエら、死にたいならそう言ってくれりゃァ良かったのによォ…


心底この駄目人間達が哀れに思えてきた。

変装が必要だ、そういって黄泉川達が買ってきたのはニット帽とサングラスとマスクだった。強盗でもさせる気だろうか。
無理矢理装着させられたそれらの強盗セットは、俺をドンピシャの不審者にしてくれた。
超・絶、似合わない。
せめてもう少しでもガタイが良かったら…と、自分の肩幅の狭さにガクゼンとしてしまった。呆けた俺の顔は、皮肉にも強盗セットが覆い隠している。


 ふっ…こ、これで、絶対バレないじゃん! ぶふっ、。

 ぶはははははは、ムリムリ! こんな不審人物、襲えないわよ!

 むしろこの不審さで襲われる可能性上がりませンか? ねェ…聞いてますか? 馬鹿なの? 死ぬの?


ニット帽を毟り取り、サングラスを握りつぶしてマスクをゴミ箱へ捨てた。
打ち止めに見られたら死ぬ。 死ぬしか無い。 

あの子どもは、別に毎日一日中俺の傍に居るわけではない。 彼女のオリジナルであるとか、脳波で繋がった姉達であるとか。 あるいはもっと他にも、かまってくれる人間はいくらでもいるらしい。
というわけで、今日も朝からどこかへ出掛けていた。 こちらとしては好都合。街で鉢合わせする危険も無いことはないが、最近はリアルケードロデストロイとかいう公園でやる遊びが気に入っているらしいので大丈夫だ。
その遊びがどんなものかは知らない。今朝打ち止めが真剣な目をして、「知らない方がいいと思う」と言っていた。静かに頷く保護者二人も真剣な顔をしていた。
どんなものかは知らん。知らんが。 …危ないことならさすがにダメ人間達が止めるだろうし、まあいいか。
俺は首を振って不吉な妄想を振り払った。

ゲラゲラと笑っていた二人も、そろそろ出かける時間だ。
結局俺は黄泉川の私物の、黒ベースに紫のラインが入りいくつかスタッズが付いた”ややワカモノ向けの”キャップを借りていくことにした。
赤い縁の伊達メガネは芳川のものだ。

元スレ
【禁書目録】「とあるシリーズSS総合スレ」-10冊目-【超電磁砲】
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4gep/1279299041/
423 : 忘却の空4.5-2[sage] - 2010/07/21 23:55:40.40 PCNCFEQ0 2/9


 …若ぶるなよ

 う、うっさいじゃん! こ、これはずいぶん前に買ったものなんだからな! そう、あたしがまだ二十前半くらいの頃にっ! 決して歳誤魔化そうとかそういうことじゃあないし、実際まだ一回も使ってないし、

 見苦しいぜ、いい歳して

 ふ、ふん。 ソレ以上言うなら、貸してほしくないっていう意思表示だと受け取るが構わないな?

 ああハイ、すンませンっしたァ黄泉川せンせェ様ァー


半目になったままの黄泉川を適当に流して、持ち物を確認する。
黒のTシャツに、半袖の羽織。メッセンジャーバッグには財布とハンカチとポケットティッシュと、もしもの時の為に住所と名前を書いたドッグタグと。携帯はポケットに突っ込んだ。
キャップを目深に被って視線を隠し、念のための伊達メガネ。


 …なンか俺、頑張っちゃってる系…?

 い、いや、似合ってるわよ。 似合ってるから問題ないわよ。 っていうか、なんだかすごく メ ン ズ って感じよ

 …ま、まァ堂々としてりゃイイか…。慣れねェ格好だから違和感があるだけだ、大丈夫大丈夫…顔わかンねェし…これなら打ち止めも気づかねェだろうし…

 打ち止め? あの子がなんか関係してるじゃん?

 ウッ!? 別になンでもねェよ!?

 …? おかしな子ね。 まあいいわ、気をつけて行くのよ。何かあったらすぐ連絡するのよ。分かったわね? 買い物が終わったら電話するのよ。わかってるわね?

 ああ。わかってンよ。 …じゃ、行ってくるわ。

 門限は夕飯だからな!


二人の声を受けながら、俺は扉に手を掛けた。

生まれて初めて触れる、この扉のノブ。

この向こうは見たことがない。

ほんの少し怖いと思った。


――でも、踏み出さなくてはならない。

俺は。

今日一日を、しっかり歩かなくては。

424 : 忘却の空4.5-3[sage] - 2010/07/21 23:56:13.37 PCNCFEQ0 3/9



一年。
という時間は、やはり結構な移り変わりを可能にするらしい。
あったはずの店が、別の店舗と入れ替わっていたり。
見たことのないキテレツファッションが、店頭でマネキンに着られて『今年の流行最先端』なんてつまらない文句で飾り立てられていたり。
路地の隙間。そこに溢れていたどす黒い空気が、妙に綺麗サッパリなくなっていることに気付いてみたり。
どっかの誰かが頑張ったんだろう。例えばヒーローが。物語の主人公たちが。

一年。
という時間の中で、俺は何か変わっただろうか。
俺にはよくわからない。きっとそれほど変わっていない。でも、どこか変わったはずだ。
あの野郎に殴り飛ばされて、それだけで俺は何か変わった。
あの子どもを助けたいと願ったとき、やっぱり何かが変わった。
変えたいと思った。

俺は、変われているだろうか。 この一年間、俺はどんなふうになりたいと思っていたのだろうか。 なりたいと思った自分に近づけていただろうか。

じゃりじゃり、とブーツの底で砂が音を立てる。
こういう感触にすら馴染みがなくて、どこか楽しい。
時折杖が石ころをがつっと突いてしまって、ひやりとすることもある。 けれど、家の中にいるよりもよっぽど面白い。
日差しがジリジリと照り付けている。これも、馴染みが無い。
露出している部分には念入りに日焼け止めを塗ったが、帰ったら赤くなっているかもしれない。
キョロキョロと周囲を見回しては物珍しそうにしている俺は、もしかしなくてもかなり浮いているだろう。
けれど、何もかもが新鮮だった。
反射の無い生活。屋根の無い場所。日差しと地面の感触、風が吹くたび揺れる髪。誰もにとっての当たり前が、これからやっと、俺にとっての当たり前になっていくのかもしれない。

どうにもニヤつきが止まらず、肩を震わせながら道をテクテクと歩いた。
杖自体は慣れたもので、多少舗装が悪くても歩ける。 心配なのは知り合いに会うことだ。特に打ち止めとか。


 …にしても、誕生日プレゼントとは…。 俺も、こォいうトコは変わったと断言出来るぜ


「子どもが喜びそうなものを買うこと。」
という文章は、訳すと「クソガキの誕生日プレゼントを買いに行け」、という意味になった。
さて、何を買おうか。
あの子どもが喜ぶものなど詳しくない。 テレビでやっていた魔法少女の変身グッズでも買ってやろうか? …いや、そんなもので喜ばれても困る。
セブンスミスト、その中身も以前来たときとずいぶん変わった。案内板を見ても知らない店ばかり。考えても仕方ない、時間はまだまだあるんだし、上から全部見てまわろう。
そしてあの子どもに似合いのモノを見繕ってやろう。うん、それがいい、。

かつんかつん。足音と一緒に響く杖の音。平日の昼間だ、人はそれほど多く無い。
こんなふうにそわそわしながら買い物をするなんて、生まれて初めてだ。 記憶のあったあの頃にも、こんなことはなかった。
目的があるというのは、楽しい。 しかもそれが自分のためでは無いというのがむず痒い。
子どもの喜ぶ顔が見たい。純粋にそう思った。本人の前では決して言わないでおこう、とも。
頭の中が彼女一色になっている。例えば靴とか買ってやったらどうだろう。出かけるときに、得意げに履いてくれるだろうか。
例えばあのワンピース。いつも水色を好むあの少女に、他にも似合う色を見つけてやりたいな。
帽子。アクセサリ。おもちゃ。テレビでやっていたゲームが欲しい、なんてつぶやいていたこともあったっけ。日記のあちこちに散りばめられた少女の記録。
なんだっけ、パーティー? 大勢でできるゲームが好きだと書いてあった。そうだな、遊べるものでもいいかもしれないな。うん。ぬいぐるみなんかも、

425 : 忘却の空4.5-4[sage] - 2010/07/21 23:56:44.57 PCNCFEQ0 4/9



 ―― 一方、通行…?


だから、ぼんやりしていたから。 その声に思わず振り向いてしまった。
身元がバレないように、絶対に反応しないでおこうと決めていたのに。

振り返った先にいたのは、オレンジ色のTシャツとダメージ加工されている(のか実際にボロボロなのかいまいち判別出来ない)ジーンズ姿の、あの時とはちっとも表情の違う、ポカンとした、

クソふざけた「あの野郎」だった。

瞬時に俺の脳内が色を変えた。 それがたった数日前に起こったことだと認識して思考を返す。


 一方通行だよ、な? お前、こんなところで何やってるんだ?

 …あ? どォだっていいだろォがァ。 それとも何か? 俺のリベンジに付き合ってあげましょーってかァ!?

 何言ってるんだよ!? 一人でこんなところに居たら危ねーだろ! まさか家出でもしてきたのか!?

 …は、あ…?


俺がポカンとする番だった。 こいつ、何言ってる? 俺にはちょっと良くわかりません。
呆気に取られている俺を他所に、このつんつく頭ははっしと俺の手をとった。


 ――な、ァ!?

 いいから、


名前は知っている。上条当麻。 その上条が、俺の顔面をガッツンガッツン殴ってくれた張本人が、今は俺の肩を抱いてずんずん歩いている。
ほとんど引きずられるようにわたわたと歩く俺は転ばないようにするだけでも必死だというのに、こいつときたら大股で一直線に進みまくる。


 ちょっ、まっ、こける、やめろ、

 ちゃんと捕まってろ


歩幅は合わずともなんとかタイミングをあわせて一緒に進むと、どうやらこれでも一応気遣いと言えるモノをしてくれていた事に気づいた。妙に歩きやすい。
杖一本に支えられるより、体ごとがっちり支えてもらって、移動させられるままにふらふらと足を踏み出すだけでいいというのは存外楽なものだ。
通路の真ん中にどんと設置されている大きなベンチまで歩いてきた俺たちは、そのまま隣り合わせで腰掛けた。
ふぅ、と隣で息を吐かれる。 いったいどういうつもりだって言うんだか。 せっかくの気分が台無しだと思った。

426 : 忘却の空4.5-5[sage] - 2010/07/21 23:57:11.00 PCNCFEQ0 5/9


 とりあえず、最初に言っておく事がある

 あンだよ

 ごめん。

 ――はァ?!


何を言い出すんだこの男。 ふざけてるのか。 何に対して謝っているのか解らない。 俺は自分の眉間に深い皺が刻まれているのを自覚できた。


 何言ってんだって雰囲気だな…。 俺はお前の事、黄泉川先生から少し聞いてるんだ。 お前の知らないところで、探るようなことをしてたこと。 だから、ゴメン。

 …黄泉川から、何を…?

 お前が打ち止めを助けようとしたこと、と、その時に、その… 記憶障害を。 んで、今先生達と一緒に暮らしてるってトコか。

 ……いい気味ってか。 だろォな。 なンせ一万人以上ブッ殺した殺人鬼が、自業自得とばかりに脳天ぶち抜かれて一人じゃ歩くことも出来ねェってンだから…


今度は俺がため息を吐く番だった。 何故黄泉川はそんな話をしたんだろう。 同情でも請いたかったのだろうか。 ――まさか、そんなことはあるまい。
だって黄泉川は、俺が一万人を殺したことを知らない。 ただ、後ろ暗い実験に偶然関わったとそう思っている。
自宅で養っている子どもが、大喜びで力を振りかざし途方も無い数の殺人を犯し続けたバケモノだと、あの女は知らないのだ。
だからこれはきっと単純に、心配そうに尋ねたから答えた、それだけなのだろう。 だが恨めしい気持ちは晴れない。


 そんなんじゃねえし、そもそも俺はお前自身に恨みがあるとかじゃないしさ… お前がどう思ってるかは知らないけど、俺はお前はよくやったと思ってるよ。
 ただ、一人で出歩くなんて危ないじゃないか、そんな体調でさ


――なんだ、その上から目線は。
目の前がカッと熱くなった。 俺が俯いているから、多分こいつには見えていない。 


 いや、それにしても意外だったんだぜ。妹達を殺してもなんとも思ってなかったお前がまさか妹達を助けるために命をかけるなんて、知ったときは俺もう驚くやら嬉しいやらで! やっぱり…

 オマエが来ればよかったンだ

 …え?

 オマエに「よくやった」なんて言われる筋合いはねェよ。 俺みたいな悪党に、お優しいお言葉をかけていただいて誠に有難う御座いますゥ。
 俺じゃなくて、オマエだったらきっともっと上手くやったンでしょォね。誰も傷つけること無く、自分も五体満足でよォ。 さっすがヒーローだよなァ? そォ言いたいンだろ?
 全く俺じゃ分不相応にも程があるよなァ? なァ、なンでオマエじゃなかったンだよ?
 一万人助けたくせに、同じ妹達の一人が死にそうに苦しンでる時に、妹達と全世界人類を巻き込んだ絶望に飲まれそうなときに、なンでオマエはあのガキに目もくれずに走って行ったンだよ?
 薄情じゃねェかなァ、そォいうの。 一回助けたなら、最後まで面倒みてやれよ。 オマエみたいな本当のヒーローがさァ。 ちゃンと…

427 : 忘却の空4.5-6[sage] - 2010/07/21 23:57:39.64 PCNCFEQ0 6/9


 一方通行、何怒ってるんだ?

 怒ってねェ、怒ってねェよ。 ただ思い出したらガッカリしてきてよォ。 オマエって、助ける人間を選ぶような、きったねェやつだと、


思っても見なくて。 思いたく、なくて。

支離滅裂でお門違いな、ただの愚痴とも思える嫌味が止まらない。 そして、一度零れてしまった言葉は無かった事には出来ない。
みっともないと思う。どんどん深く俯いてしまって、床しか見えなくなった。
コレが八つ当たりだと気付いている。 あの時、コイツは打ち止めの状態を知る術なんてなかった。 超電磁砲もしかりだ。
俺と、無力な研究員が一人。 たった二人しか知る由もない事だった。 だからこれはとんでもない言いがかりだ。
あの時この男が切羽詰った表情でレストランから出てきたのを見ている。 退っ引きならない事情があったのだと、簡単に予測がつく。

でも。
最強に右手の拳ひとつで向かってきた馬鹿で揺ぎ無いヒーローが、たった一人で一万人を救った救世主が、ただのそこらへんの人間だったなんて思いたくない。
事情を知らなくても、偶然駆けつけてくれるような。 どこからともなく現れてくれるような。 どんなに不可能と思える状況でも、颯爽と全てを解決してくれるような。
テレビの中にしかいないヒーローのように。

無意識にそんな幻想を求めていた。 自分以外の誰かに。 上条当麻という、「困難に向かって立ち上がれる人間」に。


 あのさ、俺は助ける相手を選んだりしたつもりは無い。気に障ったんなら謝る。 けど俺は、お前の事が心配だっただけなんだ。 それに、純粋に嬉しかったんだ!
 俺はたまたまあの時御坂が助けを必要としていたからお前を殴り飛ばしたけど、もしいつかお前が誰かの助けを必要としたとき、俺が傍に居たら必ず助ける。必ずだ。
 お前が怪我して、一人じゃ不自由だって知ってたから心配になっちまったんだよ。話したいこともたくさんあった。打ち止めの事で教えてやりたいことだってたくさんあるんだ!


真摯な声が聞こえる。多分、真面目くさった顔で必死に語ってるんだろう。
でも、こいつだって所詮人間だった。 信じられる根拠なんてないし、あのときコイツが打ち止めに気付いてくれなかったのは事実だし。
俺はコイツを憎んでいなくちゃならないし。そうでないと、つじつまが合わないし。


 お前だってたまたま打ち止めの側にいて、たまたま助けられる力があったから、手を貸したんだろ? 

 ちげェよ。 縋られて放置するのが後ろめたかっただけだ。 ほったらかして、俺以外の人間が全員死ンじまったらメシが食えなくなるしな


嘘はついてないはずだ。 そういう気持ちが大半を占めていたはずだ。
小さく息を飲む音が聞こえたから、髪の隙間から上条当麻を見つめた。ショックを受けた顔をしている、期待を裏切られた顔をしている。
馬鹿が。 こんな悪党にどんな幻想をいだいていたのだか。 

俺は杖に力を込めてベンチから立ち上がった。
こんな馬鹿は放っておかなくてはいけない。はやく買い物を済ませよう。もう楽しくもなんともないけど。
エレベータへ向かう俺を、馬鹿は追いかけてきたりはしなかった。呆れられたのか見限られたのかは知らない。どうでもいい。
コイツと出会ったことは日記には書かないでおこう。そして早く忘れてしまおう。早く。 初めて、明日になったら完璧に忘れられる自分の頭に感謝した。
酷く気分が悪くて、途中で何度もベンチにへたりこむ。
それでも広いフロアをすべて回って、ちいさなウサギがトップについたペンダントを購入して、店員に綺麗にリボンをかけてくれるように頼む頃には、やっと少しだけ気分がよくなった気がした。
これを三十一日に渡せれば、きっともっと気分がよくなるに違いないんだ。 だって俺は本当はあの生意気でこまっしゃくれた子どもを、それはそれは大切に思っているのだから。

428 : 忘却の空4.5-7[sage saga] - 2010/07/21 23:58:43.11 PCNCFEQ0 7/9





へとへとになって家に帰りついたのは門限の数分前で、しびれを切らしかけた保護者二人が怒ったり泣いたり笑ったりで大変だった。
初めてのお使いに成功した園児を迎えるかのような歓待に辟易しようかという頃、


 今度、休みが取れたら皆で出かけようか


そう言って黄泉川が明るく言うのを、曖昧に笑って誤魔化す自分が情けない。


「打ち止めのプレゼントを買った。ネックレス(引き出し、上から二番目)」
日記に断片を書き込んで、溜息と共にペンを置く。


なかなか寝付けずに、寝返りを打つたび目が冴えていくようだった。 そして久しぶりに泣いた。 実感の無い過去と出会うのは辛い、と思った。


―― 出来ればもう 、 どこにも行きたくない 。



429 : 忘却の空4.5-8[sage saga] - 2010/07/21 23:59:42.10 PCNCFEQ0 8/9





『都合のいいことを言うなよ』

黒髪の少年が冷めた目で告げた。

『ひとごろしのくせに、ずいぶん楽しそうなのね』

栗色の髪の少女が侮蔑の視線を投げかけた。

『どうして、貴方は笑っていられるのですかとミサカは問いかけます』

ゴーグルを額に押し上げた少女が重たそうな銃の引き金に指を掛けた。

『便利だね、何も覚えてないって。 って、ミサカはミサカは嘲笑ってみたり』

ぴょこんと一束の髪の毛を揺らしながら空色の毛布を体に巻きつけた子どもが無表情になった。

もう疲れた。

という声が、頭の奥で直接反響する。

頭痛に飲み込まれて、まっくらなやみのなかでなにごとかをさけぼうとして、こえがでなくてそのまま、おれは、





430 : 忘却の空4.5-9[sage saga] - 2010/07/22 00:00:09.23 tQVD.bc0 9/9



「今日はまだ起きてこないの?」

トースターから、美味しそうな焦げ目の付いたパンを取り出しながら芳川がテーブルを拭いている打ち止めに訊ねた。

「あれ? そういえば、今日は遅いかもってミサカはミサカはお寝坊さんなあの人にため息をついてみる。 まったくもう、子どもなんだからってミサカはミサカはお姉さん気取り」

「悪いけど、ちょっと見てきてじゃん。 何もなければいいけど、もしかしたら寝てる間にベッドから落ちて気を失ってるかもじゃん」

「愛穂じゃあるまいし」

「はーいっ。いってきまーっす!ってミサカはミサカはダーッシュ!」


ぱたぱた、とスリッパの音を響かせながら打ち止めは一方通行の部屋へ向かった。
保護者二人は微笑ましそうにそれを見て、視線をあわせてくすりと笑う。テーブルにランチョンマットを敷いて、ベーコンを炒める間にサラダを手際よく並べて。
夏の朝、窓から吹き込む風が濃い緑の薫りを運んでくる。 天気予報では今日も明日も快晴だ。


「よし、ミネストローネもいい感じじゃん。 お寝坊さんはそろそろ――…」


『っンで居やがる、オマエはァッッ!?』

『きゃっ、わ、ま、待ってってミサカは――』

『何処だ此処はァ! フザケやがって、なンで能力(ちから)が――』


一方通行の部屋から、怒号と悲鳴が聞こえた。
保護者は先程とは違った意味で視線をあわせる。


「あら、まずいわね」

「あちゃー。日記読ませなきゃ駄目だなこれはっ、と」


『落ち着いて、お願いこれを――』

『来ンなァ!! 出て行け、死ね!! クソッなンなンだよォ!? あァ、なンで、なンで――ァ、ああああああああああああああああああああああああっっっっっっ!!!!!!!!!』


黄泉川の眼が鋭くなる。 悲痛な叫び声に、異常事態を感じ取った。
二人は頷きあい、大切な子ども達の元へ走りだした。