159 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage] - 2011/01/22 09:05:17.84 pEIuBRYSO 1/17

皆さんお久しぶりです
麦のん通行の人です

スレ跨いじゃいました。不覚

投下します


※関連

麦野「王子さま……」
http://toaruss.blog.jp/archives/1019704394.html

麦野「王子さま……」2
http://toaruss.blog.jp/archives/1020179884.html

麦野「王子さま……」3
http://toaruss.blog.jp/archives/1020819818.html

元スレ
▽ 【禁書目録】「とあるシリーズSS総合スレ」-22冊目-【超電磁砲】
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1295367884/
160 : 麦野「王子さま……」[saga] - 2011/01/22 09:09:01.51 pEIuBRYSO 2/17

人間なら誰もが持つ美への憧憬。完全なるもの、真に価値あるものに向かう情念。

当たり前の一人として自分を磨いてきた。
努力と金と時間は惜しまなかった。

天賦も味方し、成果として他人から向けられる羨望、嫉妬、劣情の視線を手に入れた。

嫌では無かった。

寧ろ心地良かった。

全てが自らの頑張りを褒めているようで。

全てが自らの美を客観的に見せてくれるようで。

当たり前の自己陶酔をした。

だが、今は

今は一目で女と判る自身の身体が憎く恥ずかしい。

括れた腰が

押しても完全には隠せない成熟した胸の膨らみが

憎い。

「……ッ!」

理性の手綱を振り切った感情が咄嗟に身体を動かし、気が付けば青年に平手を振るっていた。
チクチクとした痛みが手と胸に響く。

青年は呆然として頬を抑えている。

「帰るっ!!」

擦れと刺々しさの混じった拗ねて泣きそう子供のような言葉を落とし、麦野は青年から離れていく。
痛みを極限まで我慢して足を先へ先へと。急ぎ。

161 : 麦野「王子さま……」[saga] - 2011/01/22 09:10:37.00 pEIuBRYSO 3/17

「……悪ィ。お前、女だったンだな…」

弱々しい声にその足が止まる。

青年に女と認識され阿呆みたいに恥ずかしがる自分。
今まで女として見られなかったことに愚かにも落胆する自分。

理不尽に曝されておきながら非を誤る青年に一言だけでも詫びを入れる案。
このまま偽りの怒りを青年に見せびらかせる突破の案。

彼女の中で、思考と感情が吹雪いていた。

「うるさいうるさいっ!」

2秒足らずの逡巡の世界。
最終的に勝ったのは意思では無かった。

足に直前の動作の反復のプログラムを送る。

「おィ、ちょっと待てよ!」

ひたすらに前を見る。俯きもしない、振り返りもしない。ただ、足を引き摺り、再び暗闇へ溶け込もうとする。

「クソッ!」

そして、身体が浮いた。

「えっ!?」

状況が掴めたのは陽射しが降り注ぐ明るい表へと出て、好奇の視線に突き立てられ、青年の優しい温もりが傷の痛みを和らげてからだった。

「……女ってンなら余計気にするぜ。傷残ったら嫌だろ?」

自分より力が無さそうな青年に軽々と抱き抱えられている。
膝と肩に手を回され、負担が少ないように身体を曲げられ、顔を向き合わせるお姫様抱っこ。

揺れと振動が伝わらない、最上の優しさに包まれた乗り心地。

「あ、えっ…、こ、れ……あっ…」

抗うこと叶わず。

思考がショートを起こして声は言の葉を紡がない。
電流が混線し筋肉が緊張したまま解けない。

茫然自失が過ぎ冷汗三斗も無し。

「良い先生ェ知ってンだ。怪我なンか嘘みたいに治してくれる凄ェ奴だよ」

そのまま激流に流される。

162 : 麦野「王子さま……」[saga] - 2011/01/22 09:12:36.42 pEIuBRYSO 4/17


病院に連れていかれ、適当に診察を受け、軽い治療を行う。
三日後の診療予約と薬と松葉杖を渡された。

迎えを呼び付け外に出ると、青年が麦野を待っていた。

「良い腕だったろ?」

「判んねーよ。消毒液付けて縫合するだけじゃねぇか」

仮面を付けて青年に接する。

自分はレベル5。学園都市第四位の原子崩し。

纏う風には常に血と恐怖と死の匂いが着いてくる。

怯えと怒りと狂気と欲望の懇願、罵声、嘲笑を浴びてきた。

それが今さら女の子として繊細に扱われた。

初めての扱いで、どう受け取ったら良いか判らなくて、あたふたして困惑して。

そんなことを治療中に整理していた。

青年を見たときに跳ねた心もあって、気を抜いたら崩れてしまいそうだった。
あくまで強気で向かう。

「……もう、心配は要らねェな。じゃァ、さよならだ」

幾つかの会話を交わし、相手の無事を確認して青年は去る。
善意の枠組みは此処までのようだ。

繋がりの弱さに胸が痛む。

足りない。

「待って!」

思わず引き止めていた。

「なンだよ…」

自分でも予想外の言葉。何も浮かんで来ない。

怪訝そうな赤い双眸に見つめられ、更に靄がかかる。

「あ……な、名前!そう、名前教えてよ!!」

思わず名前を聞いていた。聞いて何か有るワケでもないと言うのに。

無の思考の無駄な行動。
当たり障り無い会話ですらない。

「ンなの聞いてどうすンだよ」

それは、麦野自身にすら判らないことだ。
答えは続かない。

考えの渦に埋もれていると青年が先に息を吐いた。

「……ま、良いか。俺は一方通行ってンだ。他に教えられる名前なンか持ってねェから、本名は?とか聞くなよ」

驚愕が支配する。
第一位様だ。

「他に無ェな」

別の意味で思考がまとまらず、身体が動かない。引き止められない。

阻害される要素が無くなり、今度こそ青年は去った。

麦野はその後ろ姿が消えるまでただ眺めていた。

163 : 麦野「王子さま……」[saga] - 2011/01/22 09:13:54.81 pEIuBRYSO 5/17

「はぁ……」

深いため息をつく。

「第一位…か……」

経験は語る。
能力者なら少なくとも自分勝手で打算的な部分がある。信用するな。裏が有るぞ。

本心は諭す。
青年の優しさ全てを有りのまま受け止めたい。信じたい。着いていきたい。

「意味不明……」

身体の奥底から沸き上がる青年を追いたい意思と心の奥底から鳴る矜恃の警鐘。
2つは争うことなく交ざり合い、甘い虚脱感を生んでいる。

酷く曖昧な宙ぶらりんの状態。

踏み出すことも目を背けることも、自分を偽ることも自分に素直になることも出来ない。

意味不明で理解不能。

「ワケ判んないよ……誰か教えてよ……」

ただ、これで終わりかと思うと胸が苦しい程に締め付けられる。

言葉を噛み締める。

道の中程で立ち尽くす麦野を横目で見ながら人々は通り過ぎていく。

迎えはまだ来ない。

(あ、ダメだ。泣く。泣きそう)

空を見上げる。俯いていたら、涙が重力に攫われてしまいそうだった。

(泣くな。泣くな泣くな泣くな)

息が震える。叫びたい未確定の想いが喉を叩く。

(クソッ……お前のせいだ……)

滲む黄昏の空に青年の思い出が弾けた。

「アク、セラ……レー…タ……」

一回目。憎しみをぶつけるつもりで呟いた。

顔が上気した。

「アクセラ……レータ……」

二回目。敵意を投げるつもりで訴えた。

締め付けが強さを増した。

「アクセラレータ……」

三回目。嫌いを植え付けるために吐き出した。

涙が防波堤を破り、頬へ流れた。


好き嫌い憎い辛い苦しい悲しい嬉しい愛おしい叫びたい逃げたい離れたい近づきたい離れたくない撫でて欲しい抱き締めて欲しい避けて欲しい惑わされたくない流されたくない攫って欲しい助けて欲しい助けて欲しい助けて欲しい


心の中がかき回される。燻る感情も埋没していた想いも全て滅茶苦茶に乱雑に混ぜられ、呼吸が上手く出来ない。整理が付かない。

涙が止まらない。

心臓だけがしっかりと意識を保ち脈打つ。
その妙に早い生命のリズムがすすり声を打ち消して耳に響いた。

164 : 麦野「王子さま……」[saga] - 2011/01/22 09:15:52.35 pEIuBRYSO 6/17



一方通行と麦野、そして滝壺の三人が道を並んで歩く。目的地は『グループ』のアジト。
一方通行に着せられた裏切り者という誤解を解くための行脚。

麦野をメンバーに選んだのは一方通行自身だが、其処には『アイテム』のリーダーという彼女の肩書きが必要だったからだ。

状況は急を要する。合理的に策を導いたに過ぎない。
懐いているし可愛いからという選考理由ではない。寧ろ、向けられる好意の対処に困るから避けたかった道だ。

滝壺理后は二名という最善の定員を強情に突き破り、参加してきた。むぎのを守りたいと言った。

三人は気付いていないが、外れ者にされた他のメンバーも電柱の影等に身を隠しながら、50mの距離を保ちながら着いてきている。

非合法含め合計6人の旅は、もう終わりに近い。

「此処だ」

一方通行達が辿り着いたのは小さなカラオケボックス。その裏手の社員専用と書かれたドアの前。

「普通だね」

「オマエ等のとこも対して変わらねェだろォが」

下手に一般人を巻き込んでしまえば、神の雷にも似た粛正が降される。

その運命を皆が知っているからこそ、暗部は暗部足り得、表で都市伝説の枠からはみ出さなくて済んでいる。

大層に隠し、絶対的なセキュリティと情報規制で暗闇に作る隠れ家も良いが、簡単に木を隠すなら森という古人の知恵を借りた方が容易く手堅い。

「私は何をしたら良いの?」

「事情説明してくれりゃ、それで良い」

「わ、私があなたをその……」

紅潮しながらか細く打ち出した問いに一方通行は静かに首を振った。

今こうして聞くだけでも心が擽られるというのに、それを野次馬精神旺盛な彼等の前で言われたら表情を凍らせておけないだろう。
要は嫌な気がしないのが顔に出てしまいそうで、怖いのだ。

165 : 麦野「王子さま……」[saga] - 2011/01/22 09:17:05.93 pEIuBRYSO 7/17

「そう……そうだよね……」

そんな彼の小心は届くはずもなく、拒絶という事実だけをなぞられた麦野は分かりやすく落ち込む。

小さな同伴者がその肩に手を添える。

「まずは誤解を解くのが先。それとも、むぎのは言いふらしたいの?」

「い、いや…」

「なら、別に落ち込まなくて良いんじゃないかな」

「でも……言わなくて良いって言われると、それはそれで寂しいよ……」

「大丈夫。きっと、あくせられーたも恥ずかしいだけだから」

「そうかな……?」

「うん!」

根拠は無い。だが、滝壺の激励は力強く、真摯だ。
何も無くともそれだけで元気と勇気が麦野へと流れ込み、彼女の顔にまた花を咲かせた。

「……開けるぞ」

近くで交わされる微妙に内心を抉る小恥ずかしい会話に耐えれず、一方通行は次の段階へ相手の準備を待たずに突入した。

鍵を差し込み、ドアを開く。

「ようこそ一方通行」

「あ?」

目の前に銃口。

「そして砕けろハーレム野郎!!」

「……ッ!」

轟音を纏う塊が吐き出され、獰猛な牙が頭を食い破ろうと迫る。

ギリギリだった。

コンマ一秒にも満たない隙間を拭い、チョーカーを起動させ能力を解放した。

敵意がゆるやかな曲線を描き、大空に飲み込まれる。

「テ、テメェ!殺す気かァ!!」

無表情に殺意を向ける土御門に吠える。

166 : 麦野「王子さま……」[saga] - 2011/01/22 09:19:09.79 pEIuBRYSO 8/17

裏切り者は完全抹殺。

鉄の掟だ。それは重々承知している。
だが、この仕打ちは理不尽と感じざるを得なかった。

「大丈夫。殺すまではしない」

冷たい言葉が空気を張らせる。

「こいつは特殊な弾でね。当たっても神経毒の痛みに苦しむだけで済む」

決別。

一方通行の頭をその単語が走る。だが、それで認めるワケにも諦めるワケにもいかない。

苛つく。腹が立つ。心が煮える。
それでも、すれ違いで終わらせたい関係ではなかった。

「誤解なンだよ!話ぐらい聞けェ!!」

「誤解?」

土御門の捻れた高笑いが小さな部屋を反響し、何十にも重なった狂気が場を包む。

「そいいう冗談は後ろのお嬢さん二人を置いてきてから言うんだな!!」

蹂躙が再開される。

破壊の渦が無抵抗の一方通行に降り注ぎ、不完全に反射された攻撃は傷痕を周囲に残していく。

「しかし、流石だな。俺の術式を組み込んだ銃でも弾くか」

一方通行が土御門を傷付けないよう演算し、地面な叩き落とすようにしているのもあるが、この無茶苦茶な飛び方は銃弾に秘密があった。

この世の物理法則を無視する術。

彼が使役する銃にはその一つが組み込まれている。

「だが、何時まで保つかな?」

陰陽の紋が妖しく光る。

音速を越えた水流が霰のように撃ちだされ、暴威の限りを撒き散らす。

流しきれない威力が一方通行の白い肌に数多の赤い筋を引き、次々に弾痕を穿つ。

「た、助けなきゃ!」

「来るなァァァア!!」

動こうとする麦野を声を張り上げて止める。

彼女の強さと能力は知っている。荒れ狂う脅威に曝されずとも、このふざけた馴れ合いを止めることが可能だろう。

心配はしていない。

ただ、これは自分の問題で。そこに誰かを巻き込みたくなかった。

「熱い!熱いねぇ!!ムカつくもん見せてくれる!!」

吹き荒れる殺意は激しさを増し、鋭利な痛みは受容を越え、痺れが筋肉を支配していく。

崩れそうになる意識、落ちそうになる視界。

それでも、一方通行は反撃をしない。

「とんだ腑抜けにっ――ゲホッ!」

優位の玉座に座っていた土御門の口から血が吐き出される。鼻からも流れだし、顔を赤く色染していく。

異能を使うには超能力を授かった身体では重いリスクがのしかかる。

見れば、呼吸は乱れ、肌は生気を失い青ざめ、玉のような大粒の汗が額に浮かんでいる。

タイムリミットはお互いに訪れていた。

167 : 麦野「王子さま……」[saga] - 2011/01/22 09:20:11.82 pEIuBRYSO 9/17

「おィ!」

土御門が血を拭う数秒。その間は火がたち消え、暴風の目に入った。

滝壺はその隙を逃さず、駆け出していた。

一方通行の意識は薄く、麦野は泣きそうな顔で彼の様子を見ていて彼女を阻止出来なかった。

「お嬢さん。邪魔だからさっさと去ってくれ」

そして、『グループ』のリーダーの前に一方通行と麦野を庇うように立ち塞がった。

土御門は彼女をこの場においての無力と判断し、真っ直ぐ捕えることなく次弾の準備を整えている。

その、冷静さを失った考えが次の一瞬を招いた。

「すごいキーーック!!」

人体に中心線と呼ばれるモノがある。

眉間、人柱、顎、喉笛、鳩尾、臍、臍下丹田、性器

そう言った急所が並ぶ、武術において相手に絶対に曝してはならない、人体を真っ二つに割くように縦走する線だ。

滝壺の威勢の良い声と共に炸裂した全体重を乗せた蹴りは、その線の一点を爆撃した。

「……ぐゃ!!」

スタートメニュー

土御門元春のシャットダウン

クリック

ログオフしています

設定を保存しています

デジタル信号なし

アナログ信号なし

168 : 麦野「王子さま……」[saga] - 2011/01/22 09:21:47.52 pEIuBRYSO 10/17



結び目二つの赤髪が揺れる。

「成る程ね。事情は分かったわ」

惨劇の爪痕残るカラオケの会員専用の部屋。

そこでは、暗部の二大勢力がフルメンバーで顔を合わせていた。

『アイテム』
麦野、絹旗、フレンダ、滝壺、浜面。内、二人は猿轡を噛まされている。

『グループ』
土御門、一方通行、海原、結標。内、二人は意識を失っている。

先にも衝突した二つの組織だが、今は穏やかそのもの。健全な話し合いが行われていた。

「こいつら起きたら説明しといてあげる」

結標が倒れている土御門と海原を指差す。

海原は数分前に路上でスタンガンを食らったかのような焦げ跡残し倒れているのを結標が見つけ、連れてきた。

土御門は潰された。苦悶極まった表情で泡を吐いて倒れ付すその姿は、何かの死を克明に示している。

「悪ィな」

「良いのよ、別に。何か面白そうだし」

結標の浮かべた階虐の笑みを舌打ちで撥ね付ける。

「うるせェよ…」

赤くなっては睨みも利かせることが出来ず、せめてばれないようにと顔をメニューで隠す。

「あれれー?もしかして悪い気してないのかなー?」

勿論、その行動は防御壁に成り得ない。寧ろ、赤らんだ顔を見せるより顕著に照れていることを外界に知らせる。

「……」

追及され、さらにメニューを近付ける。
後は沈黙で自分を守りに入った。

「ま、別に良いんだけどさ」

座標移動。
薄い壁が机の端にまで飛ばされる。

「テメェ……」

白地に紅が良く映えていた。

169 : 麦野「王子さま……」[saga] - 2011/01/22 09:23:34.69 pEIuBRYSO 11/17

「それよりもアレ!」

「あ?」

結標の指し示す方向にいるのはピンクのジャージを着た少女。

「何か私のこと凄い睨んでるんだけど」

可愛らしい顔に深く皺を刻み、大きな瞳を細め、口をへの字に閉ざしている。
一見、叱られた後にむくれる子供の表情だが、揺らめく彼女の周囲の空気が威嚇を教える。

「私何かしたっけ?」

「さァ……」

そもそも、彼女達とは1日と過ごしていない。原因は把握出来ても不機嫌の理由を察することが出来る繋がりではない。

このまま話題を逸らしていきたかった一方通行だが、こればかりは下手な刺激を与えることも出来ず、曖昧で済ませるしかなかった。

「げ……こっち来る」

滝壺理后が起動する。

「おィ、俺を盾にすンな」

鋭敏な勘により気まずさを察知した結標が近くにあった盾を引き出し、構える。

それがさらに滝壺の闘争心に火を付けた。

対峙。

「あなたがどんなに思い思われてていても、私はむぎのを応援するから」

「……は?」

堂々たる敵対宣言。

しかし、それを受ける相手に情報が上手く伝わっていない。

「勝負だよ、うなばらさん」

赤と白が向き合う。

この劇に決定的な台本ミスがあることに気が付いた。

「……海原はあっち……だけど……」

穏やかな笑みを携え、夢へと落ちている青年にライトが照らされる。

衝撃の事実を与えられた滝壺は、信頼を置く一方通行へ目線を走らせる。
そして、彼の肯定を確認すると呆然として告げた。

「同性愛?」

「「えぇっ!?」」

結標が呆気に捕えられ、
滝壺は疑問符を浮かべ、
絹旗がグラスを落とし、
浜面はうめき声をあげ、
フレンダは拘束を解こうともがき、
土御門は未だ倒れ、
海原は意識無いままに主役にされ、
麦野は強く動揺し、
一方通行は誤解を解くのに奔走した。

小さな部屋はにわかに騒がしい空間と化した。

170 : 麦野「王子さま……」[saga] - 2011/01/22 09:25:19.60 pEIuBRYSO 12/17



椅子が疲労の蓄積した体を力強く支える。
たった、二日間分。だが、精神的にも肉体的にも余りに莫大なモノを抱えた。

学の園へ通う人々は刺激が欲しいと度々口にするが、甘い考えだ。毎日激動の波に飛び込んでいたら身が持たない。

一方通行はそれを体感した。

「超お疲れですね」

悪い考えに走った結標により拡大していった第二のとんでもない誤解をどうにか解き終わった後、その場の流れにより外食することになった。

金持ちのレベル5の奢りという勝手極まりない話で。

それで高級な店かと予想すれば、家庭に優しいバイキングだった。

団体様ならお一人3000円で食べ放題。

「まァな……」

普段、甘味は苦手としている一方通行だが、身体が早急な栄養源を求めていた。

絹旗に持ってきて貰ったのは大盛りで、ありとあらゆる果物でカラフルに装飾されたパフェだ。

安いコーヒー片手にその山を崩していく。

「オマエのコーヒーの方が良いな……」

向かいに座る麦野が朱に染まり、固まる。

暖まった息とともに吐き出してしまった失言に顔をしかめた。

気が緩んでいる。相当な疲れだと改めて認識する。

「よ、良かったら……ま、また淹れて……」

「あー、また今度な……」

何処かで沸き上がるからかいの声を耳に入れず、目の前の苦難を流す。

これ以上踏み込まずに住む道を選んだつもりだったが、悲しい顔を見ると心が痛み失敗を感じた。

深く息を吐く。

いっそ、全てを放棄して眠りにつきたい。

そんな投げやりな考えを巡らしていると、ポケットの中身が振動した。

171 : 麦野「王子さま……」[saga] - 2011/01/22 09:27:22.41 pEIuBRYSO 13/17

「……そろそろ帰るわ」

確認しなくても分かる大義名分。
約束していた1日が過ぎ、過保護な同居人が心配したのだろう。

子供扱いには慣れないが、今は感謝した。

「あっ……」

非難の中に混じる消え入りそうな声に後ろ髪を引かれる。

ドラマなら此処で彼女を抱き締めて連れ帰るのだろう。

しかし、そうすることが解決案だとして上らない。かと言って他に浮かぶモノも無い。
自分には何も出来ない。卑怯に逃げるだけだ。

財布から乱暴に全員分の紙幣を引き抜いた。

「待って!」

その手が捕まれる。

「………」

沈黙。

「……何も無ェなら離せ」

引き剥がす。

最悪を演じ、彼女の次を奪おうとした。

「……れ、連絡先交換して欲しい!」

ドラマなら、此処で何も言えないヒロインが健気に写るのだ。
そうすることで視聴者を焦らし、物語に新たな地雷を設置する。

だが、麦野沈利は勇気の強さを見せた。
近付こうとしている。

一方通行にはこの取引の承諾が何を意味するか克明に見えている。最低な行き先の全てが判っている。

逃げれば断ち切れる細い繋がりの糸が残る。
そして、一本ずつ増やしていくことになる。

寄り集まった束は死という鋏無しでは切れなくなるだろう。

実に面倒な展開。
望みたくもない未来。

本心からそう叫ぶ。

だから

172 : 麦野「王子さま……」[saga] - 2011/01/22 09:28:29.01 pEIuBRYSO 14/17

「……ほら、さっさと携帯出せよ」

自分の行動は疲労のせい。

そう、言い聞かせる。

「うん!」

見えない赤い線が二つを結ぶ。

その作業を満開の花を咲かせ、嬉々として行う彼女。

それを見て後悔が芽生えない心。

麻痺している。

そう、思い込ませる。

「じゃァな」

足早に自動ドアをくぐる。
淀んだ空気と街の雑踏が一方通行を迎え入れた。

チョーカーに手を伸ばす。
音を反射して、活気を遠ざけた。

空を見上げる。

星々は学園都市の明かりに飲み込まれ、絵より安っぽい月だけが弱々しく光っていた。

また、ポケットに振動。

ディスプレイに登録したばかりの名前が映し出される。

背伸びしたような本文。

自分が去った後の店内で周囲がどのように背中を押し、彼女がどんな気持ちで文字を入力したか容易に想像できた。

部屋のカレンダーを思い出しながら、4マスの簡潔な返信を送る。

二回目は待たない。
電源を落とす。

光飽和の帰り道をゆっくりと進んだ。

173 : 麦野「王子さま……」[saga] - 2011/01/22 09:30:06.22 pEIuBRYSO 15/17



いつも心苦しくて
気付けば温もりを思い出していて
無意識に青年を探していて

それでも暫くは認めなかった。
何かの間違いだと。

酷く意固地になって暗示していた。

会えない寂しさがその脆い保護膜を破ったのは、骨がくっつき始めた頃だった。

しかし、素直になってからも想いは強く育っていき、満たされぬ渇きが広がっていった。

街中を歩くことが多くなり、情報を広い集めた。

そして、絶望を迎える。

敵対する暗部の構成員だと知った。

麦野沈利として会えば争いを生む。

自分の問題に仲間の命が重くのしかかった。

世界の不条理。
運命の采配の巧妙。

涙を落とした。

そんな時にある任務が言い渡された。

表向きは研究所の破壊、物資の回収。

本当の狙いは大きくなりすぎた獣同士を喧嘩させ、爪切りをさせること。

分かっていても拒否権は無い。

限界まで皆にとって自分にとって良い作戦を模索した。


麦野の真の計画はこうだ。

暴れる。とにかく暴れる。甚大なダメージを与え、第一位を釣る為に。

第一位が来たら場所を何とかして移す。

彼が裏切りモノになってはいけない。

場所を移したら告白する。

全力で想いを告げる。

そして、殺される。

それだけだ。

『グループ』は下部構成員の被害と作戦の失敗による信頼の失墜。

『アイテム』は麦野沈利という兵器を失う。

良い具合に痛み分け。

上から睨まれることもないだろう。

174 : 麦野「王子さま……」[saga] - 2011/01/22 09:31:30.97 pEIuBRYSO 16/17

だが、結果は歪んだ。

彼が優し過ぎた。

自分を生かしたのだ。

覚悟を決めたのに

彼の背中は大きく温かく

嬉しくて

心地良くて

朝は少し失敗した

コーヒー褒められた

幸せで

でも、彼の居場所を奪ってしまって

泣きたくなって

申し訳なくて

死にたくなって

最後は誤解が解けたから安心した

また、コーヒーを褒められ

少しへこんで

喜んで

今になった

ディスプレイにはぶっきらぼうな4文字

彼らしい

目蓋を落とせば、暗闇の中に幸せな世界が広がる

何を着ていこうか
何をしようか
何を話そうか
何を食べようか
何処に行こうか

シュミレート

それを繰り返すうちに何時かは意識は底へ沈み

激動の二日間は終わり

明日からは穏やかな煌めきが待っている

そう、信じたい

175 : むぎにゃん[sage] - 2011/01/22 09:42:44.54 pEIuBRYSO 17/17

以上です
そしてこれにて完結です

投げ臭や力尽きた感がすると思いますが、至って真面目なエンドです

宣言通り後一回で終わらせようとターボかけて流した為に粗が多い雑な仕上がりになったことは詫びます

えーと、二人が結ばれるまでを完結にしてしまうと、ツンツン一方さんのせいでもう百レス分ぐらい軽く行くのです
だから、此処で終わり


これまでこのような稚拙な文章にお付き合い頂き有り難うございました