618 : 上条・浜面「ハーレムとか…」一方「こンなはずじゃ…」[saga] - 2011/10/04 13:11:45.29 c/LCTVJEo 1/26映画の話もぶったぎって投下
最近人多くないから一つ頑張って書いてみるかなと書いてみたら、
まさかの24レスお借りします。
こんな長いとは思わなかった……
注意!
・地の分あり。
ただでさえ長いのに文章が少しくどいので、少し読むのが面倒かも。
文章力についてはノーコメント
・タイトル通り一方さんのハーレム話
・そんなわけで程度に差こそあれ、キャラ崩壊注意。
でも芳川はこんなもんだと思ってる
・肉体関係はあるが、エロシーンはない
・一部ではシリアスっぽい空気も漂っているけど、別にそんなことはない
以上を踏まえて読んでやるかと言う人はどうぞ
夢を見ている。
いつもの夢だなとすぐに気付くが、だからと言って夢の内容は変わらない。
自分が妹達を笑いながら殺して行く夢だ。
だが夢ももう佳境だ、すぐに終わるはず。
そう思ったが、なにかいつもとは様子が違う。
目が覚めることもない。かといって、例の実験が終わるでもない。
夢の中の自分は順調に実験を進めていき、造り上げた死体は2万を数えたらしかった。
それでも止まらない夢の中の自分は、いままでの死体達と似た顔をした、
まだあどけない顔立ちをした少女に手を伸ばし――
バッ、と上半身を勢いよく起こす。
寝る際に使用しているシャツがぐちゃぐちゃになっており、髪からも汗がぽたりと滴った。
ハァと息を大きく吐き、激しく動揺する自分を落ちつけた。
最悪の目覚めだった。
とはいえ彼、一方通行がこのような夢を見るのは決まって日常を謳歌している時だ。
日常に溶け込めば溶け込むほど、日常を楽しめば楽しむほど、夢は悪化していくのが常だった。
そういう意味では、こういう夢を見ることは必ずしも悪いことばかりではないかもしれないが――
軽く頭を振り、浮かんだ下らない考えを吹き飛ばす。
視界の端に入った時計によれば今は午前3時、まだ日も昇らない時間帯だ。
2度寝するという選択肢もあったが、とにかく汗をかいた分の水分補給と、
加えてベタつくこの体をどうにかしたかった。
なによりまた夢の続きを見てしまいそうなことが怖くて、これ以上眠ろうという気にはならなかった。
一杯だけグイと水を煽ると(さすがにこんな時にコーヒーを飲む気はしなかった)、
すぐにシャワーを浴びて汗を流す。
シャワーで汗を流すにつれて体はあっという間にスッキリとしたものの、心にこびり付いた不快感は消えない。
どうしても過去の自分の行いを振り返させられるあの夢を、一方通行はどうしても好きになれなかった。
あの夢を見るたびに、何度も何度も自分がここにいていいのか葛藤したためだ。
打ち止めや同居人達を守りきるとは決めたが、どうしてもそうした重いがフラッシュバックする。
(……くだらねェ。ンなこといくら考えたって、やることなンざ変わりゃしねェだろォが……)
バスルームを出て、荒っぽい手付きで体を拭いた。
髪はまだ生乾きだが、そこまで気にすることもないだろう。
もう一杯水を飲んで、また寝よう……
そう思いながら一方通行はリビングに向かうが、そこには先客がいた。
芳川桔梗、彼の同居人だ。
最近になって再び研究所で働き始めた彼女はそれまでと変わらず生活リズムが不安定で、
こういう時間に起きてることも多ければ、こういう時間にようやく帰ってくることも多かった。
そういったわけだから、彼女がリビングのソファでのんびりとコーヒーを飲んでいたのも不思議ではなかった。
「あら、あなたがこんな時間に起きてるなんて珍しいわね。
シャワーの音がしたから誰かと思ったのだけど」
「こんな暗い中で何してやがる」
「なんだか電気をつけるのが億劫でね。あなたもコーヒー飲む?」
「……貰う」
珍しく、誰かと話していたい気分だった。
今寝て、夢の続きでも見てはたまらない。
幸いにして彼女もまだそう眠そうではないから、すこし話に付き合ってもらおうと思った。
「……最近仕事の方はどォなンだよ」
「あら、今日は本当に珍しい日ね。あなたがそんなこと聞いてくるなんて」
「……チッ」
「そうね、順調よ?すごく……おかげで仕事が多くて困ってるのだけど」
「ハッ、ニートやってた頃と比べたら雲泥の差じゃねェか」
「これだから働きたくなかったのよね」
「本音がでてンぞ、オイ」
そんなことを離してしばらくするうちに、お互いのコーヒーが空になった。
ソーサーとカップが触れ合ってたてる、カチャリという音が耳に痛い。
「さてと」
「……寝ンのか」
「……うーん……」
「なンだよ」
「……それじゃ、一杯付き合ってもらえるかしら?」
「……ハァ?」
それから彼女の行動は早かった。
有無を言わさずに一方通行を自分の部屋に連れ込むと、ベッドサイドのテーブルに二人で座った。
どこかから秘蔵の酒とやらを持ち出して来て、一方通行にも当然のように差し出し、静かに乾杯をした。
随分甘口の酒で一方通行の好みの味とは言い難かったが、酒の経験があまりない彼にも飲みやすくはある。
しばし、無言でグラスを傾けた。
氷がグラスを撫でる音だけが室内に響いていた。
それと共に、なにか妙な違和感も感じられた。
一方通行の目から見て、芳川は何かを言いたいことを言ってもいいのか躊躇っているように見える。
それが真実ならば、思ったことはズケズケと言うタイプの彼女には非常に珍しいことだ。
彼女のそう言った態度は、一方通行には妙に不思議なものに思える。
他方、そんな奇妙な雰囲気の中でも一方通行が落ち付いていられるのは、
芳川がそうして落ち着かなそうにしているためかもしれなかった。
「……一方通行」
「なンだよ?」
「こうして、私達と一緒にいるのはつらい?」
なにを言っているんだコイツは、と思わず一方通行は呆れかけた。
しかし先ほど見た夢の事を思い出し、自分も疲れたような表情をしていたのかもしれないと思いなおす。
とはいえ、そう思われ続けるのも癪だ。
口に出すことこそないが、自分は望んでここにいる。
その思いをこうして疑いの目で見られるのは、やはりいい気分ではなかった。
「……嫌だったらもうとっくに出てってるっつゥの」
「そう……安心したわ」
「なンだってンだよ、急に?」
問いただす一方通行を宥めるように、芳川はフフと笑いながら手に持つグラスに口を付けた。
一方通行の記憶では彼女はそう酒に弱い方ではなかったはずだが、今日はどうにも酔いが良く回っているように見える。
「少しね、さっきの君の表情を見て不安だったのよ」
「俺の表情…?」
「すごく寂しそうな、というよりつらそうな顔をしてたわ。
あなたのような性格上、普段はそういうところは見せないから…
もしかして、本当はこういった生活にも嫌々付き合ってるんじゃないかと思ってしまって」
「ハッ、くっだらねェこと考えてンじゃねェよ」
「そうね、くだらないこと……でも、大切なことよ」
芳川は一度グラスを傾けてグラスを乾かすと、そのままグラスをテーブルに置いて立ち上がった。
なんだか嫌な予感がして、一方通行は僅かに身構える。
そのまま彼の目の前に来た芳川は、一方通行がグラスを持つ右手にそっと手をあてがうと、
テーブルの上へと導き、グラスを置くように無言で促した。
そこに逆らい得ない圧力を感じた一方通行は、内心の動揺を隠しながら、静かにグラスから手を離す。
「ねえ、一方通行」
「……なンだ」
「これだけは覚えておいて頂戴。打ち止めだけじゃなくて、私たちも、あなたと一緒にいたいと思ってるってこと…」
そういうと芳川はするりと一方通行の首筋に手を回し、自分の方に彼の体を寄せた。
いつの間にか芳川の膝は一方通行の座る椅子に乗っており、一方通行は身動きが取れない。
そうして彼が動揺している間に、芳川は彼の背中に手を回し、顔を首筋に埋めていた。
一方通行の手は、所在投げに宙を彷徨うばかりである。
「少しだけ……あなたの匂いがするわ」
「っ…! ンな場所で話すんじゃねェよ!」
「いいじゃない、たまには。……抱きしめ返しては、くれないのかしら?」
グッと息詰まる一方通行に、彼からは見えない場所で芳川は悪戯っぽく微笑む。
そんな彼女の空気におされたのか、所在無さげにしていた一方通行の腕は、芳川の背中にそっと置かれた。
壊れ物を扱うように抱きしめ返す彼が可愛く思えて、芳川はクスリと笑う。
「もっと強くてもいいのよ?」
「っ……」
ギュっと、芳川の体が強く抱きしめられた。
先ほどよりも強い抱擁に、芳川は思わずほっと息を吐いた。
単純な体温の交換だ。
しかし長く他人の体温を感じることのなかった芳川にとって、この抱擁は新鮮なものに感じられた。
こういった行為に縁がなかった一方通行にとっても、こうして誰かの体温に触れることはたまらなく心地いい。
心のままに、お互いを引きよせた。
しばらくそうして抱き合っていると、一方通行にも女性の体の柔らかさがやおら意識される。
そのためスッと少しだけ体を離した芳川に、思わず息を漏らした。
芳川は、一方通行の座る椅子の上に膝立ちになって彼を見つめている。
両肩に置かれていた芳川の手が、一方通行の首筋を再び撫でた。
視線と視線が絡み合う。
一方通行にも、彼女が今何を考えているかが手に取るようにわかった。
もし、“した”ということが知れれば、同居人から文句が出そうだとは思う。
しかし自分も“したい”と思っているのだから性質が悪い。
確認も合図も何もなく、二人はゆっくりと唇を合わせた。
少しだけ長いバードキス。
一方通行の肩に置かれた手はいつの間にかまた背中に回され、
彼もそれに応えるようにしっかりと彼女を掻き抱いた。
角度を変え、時には相手の唇を咥えるようにしながら情熱的な口付けは続く。
二人が唇を離す頃には、舌を入れた覚えもないのに二人の唇は濡れていた。
芳川は悪戯っぽく笑いながら、一方通行を見つめる。
対する彼は、気まずそうに視線をずらし、頭を掻いた。
「……ねえ、一方通行」
「……なンだよ」
「私の言いたいこと、わかってるんじゃないかしら?」
「オマエ、そンな――」
「……ホラ、私って優しいんじゃなくて甘いから」
そういいつつもクスリと笑う芳川の表情は、底知れない妖艶さがあった。
クイっと軽く手を引かれ、芳川の手で座っていた椅子から立ち上がらされる。
そう強く引かれたわけでもないのにフラっと立ちあがってしまったのは、
一方通行にとって現実感のない不思議な光景に映った。
向かう先は――
「それとも、私じゃ嫌かしら?」
「……」
「……」
「……チッ……」
再びクスリと笑う芳川の声を残して、二人はベッドへゆっくりと倒れこんだ。
翌日の一方通行の気分は、正直微妙であった。
なんせ、気まずい。
同じ屋根の下で暮らしているのだ、
いくら芳川が忙しそうにしているとは言ってもいくらでも顔をあわせる機会がある。
そもそもにして芳川は彼の姉のような存在だったのだから、少しの居心地の悪さを感じるのも仕方のないことだ。
たとえ芳川との関係を持ったこと自体はいいとしても、他の同居人との兼ね合いもある。
もっともあちらはそうでもないようで、昼ごろに顔を合わせた時はまたいつものように悪戯っぽい笑みを浮かべて、
「昨日の事は、愛穂達には内緒にしておきましょうね」
と囁かれた。
その囁きがまた一方通行に昨夜のことを思い出させ、体を熱くする。
そうした情欲を持て余すにはこの家は少し過ごしにくすぎた。
昼飯を食べて手持無沙汰になった彼が、逃げ出すように黄泉川家を後にするのも致し方ないことである。
とはいってもこの外出に目的などないのだから、行き先には大分困った。
単純に体力の問題として、あまり外を歩きたくはない。
悩んだ末、彼は以前まで使用していたグループのアジトで暇を潰すことにしたのだった。
特にやることもないまま時間を過ごすうちに、
いつの間にか眠ってしまっていたようだ。
辺りはすっかり暗くなり、携帯を確認すると打ち止めからの着信が何件も入っていた。
どうやら黄泉川家での夕食はもう終わってしまったようだ。
黄泉川家とはいっても芳川はまた研究漬けのはずだから、今日は帰って来ていないだろうが。
面倒なことだと思いながらも、ファミレスでさっと夕食を済ます。
かなり素早く済ませたつもりだったが、それでも家についたころには10時半を回っていた。
なにか言われそうだな、と思いつつ玄関のドアを開ける。
「あ、あなたー! おかえりなさい!ご飯にする、お風呂にする、そ・れ・と・も……ってミサカはミサカは新妻気分!」
「10年早ェよ、クソガキ」
「あいたーっ!?」
案の定突っ込んできた打ち止めに、軽くチョップを喰らわせる。
最早予定調和と言っていいほど、よく見られる光景だ。
特にこの帰宅時間については突っ込まれることもなく、少し意外な気はしたが、
なんにしろ家を出ていた理由は人に言えるようなものではないので少し安心した。
打ち止めをあしらいながらリビングへ向かうと、普段とはレイアウトが少し異なっていた。
というか、かなり片付いていた。
これはまた家主の身に何かあったかと思うも、当の家主はテレビの前でビールを飲みながら豪快に笑っていた。
相変わらずのその姿に違和感を覚えつつも、自身も適当にテレビの前に腰かける。
「おかえりじゃん、一方通行ー」
「あァ……」
「親御さんてば、相変わらず挨拶もできないんだねー」
「黙ってろ性悪」
一方通行が帰宅する音を聞きつけたか、抜け目なく自室から出てきて絡んでくる番外個体。
これもまた、見慣れた光景となっていた。
黄泉川家の夜は、昨夜のことなど思い出させないほどにいつも通りであった。
しかし、世の中そう甘くはない。
偶然は重なるもの、一方通行の夜は今日も平穏なものではないのであった。
ただそれは、一方通行が恐れていた形とは少し異なるものだったが。
現在、リビングにいるのは一方通行と黄泉川のみである。
時間も時間で打ち止めは就寝しており、
番外個体は酒の量が増えて絡んでくるようになった黄泉川から逃げ出すように自室へ向かった。
黄泉川には明日も仕事があるため、誰かが面倒をみてやらなくてはいけない。
そのため一方通行はリビングから離れられないでいた。
大人なのだから自分で酒量は調節するべきだという話もあるが、どうやら今日のところは難しそうである。
「おい黄泉川、今日はそこらへんにしておけ」
「ん……まだまだ飲めるじゃんよ……」
「明日の仕事に支障でても知らねェぞ?」
これは一方通行の中では殺し文句であった。
黄泉川は自分の仕事には誇りを持っており、そこに妥協することは許さない。
それを第三者である自分が指摘すると、なんだかんだと言いながらも酒をやめるのが常だった。
「……知らないじゃん」
「ハァ?」
「明日の仕事なんて、知らないじゃんよ……」
これには一方通行も閉口した。
この殺し文句が通用しなければもう彼に有効な手は残されていない。
ただ、どうして今日に限ってこんなことを言うのかが気にかかる。
「オマエ……なンかあったのか?」
「……なんにもないじゃん」
「嘘だろ。部屋は片付いてるし……そンなこと抜きでも、
オマエが何もなくさっきみてェなこと言いだすはずがねェ」
「……」
「……言いにくいことかもしれねェし、俺じゃあ役者不足かもしれねェが……言ってみろよ。
少しは楽になるかもしれねェぜ?」
「一方通行……」
ビールの缶を握りしめ、俯いていた黄泉川は、残りを一息に飲み干すと、一方通行の方をゆっくりと向いた。
それでも普段のような快活さは感じられず、思わず不安を覚える。
「……お礼参り、されたじゃん」
「お礼参り?」
「警備員とか、先生で気に食わないヤツを卒業すると同時にシメに行くって言うアレじゃんよ」
「……」
黄泉川は数人の学生が襲いかかったところで、やられるようなタマではない。
一方通行も身体的な怪我については心配していなかった。
いや、もしかすると身体的な怪我の方がよっぽどよかったのかもしれない。
「その中に、私が結構目をかけてたヤツもいてさ。
沢山話して、伝えたいことは伝わったと思ってたじゃんよ」
「……そォか」
「それでもこうして、襲われたら……私がしてきたことってなんだったのかって」
「あァ」
「わからなくなっちゃったじゃんよ……あはは」
「……」
そう言って、黄泉川は力なく笑った。
正直なところ、複雑な心境は隠せない。
一方通行が彼女のこうした弱い部分をみるのも初めてだったし、
そもそも警備員という仕事に疑問を抱いているところも初めて見た。
どうすればいいのか、一方通行に妙案は浮かばない。
「正直、自信無くなってきちゃったじゃん」
「……」
「もしかしたら、私のやってきたことなんてなんの意味もないことだったんじゃないかって、思っちゃって」
「……黄泉川」
「……つまらない話聞かせたじゃん。ありがとな、一方通行。
オマエの言うとおり、少し楽になったじゃん」
「おい、黄泉川」
「そろそろ寝るじゃんよ…おやすみ、一方通行」
「俺の話を聞け、黄泉川!」
「!」
グイと、立ち去ろうとした黄泉川の腕を掴んで引きとめる。
このまま彼女を行かせてはいけないという重いだけが彼をうごかしていた。
「黄泉川、俺はなンだ」
「……なんだ、って……一方通行は一方通行じゃんよ」
「そォだ。学園都市序列第一位、一方通行……そンで、オマエに救われた一人だろォが」
「!」
「……オマエに救われた人間が、ここに一人いるンだ。
オマエの行動になンの意味もなかったなンて、言わせねェ」
「あ……」
「……クソ、ガラにもねェ」
「……ふふ。そうじゃんね、一方通行がそんなこと言うなんて意外だった」
「だが、忘れろとはいわねェよ。キッチリ頭の中に叩きこんどけ」
「……うん。絶対忘れない」
照れたように、黄泉川が笑った。
ふと、一方通行は未だに自分が彼女の手を握りしめていたことに気づく。
慌てて離そうとするも、その手は掴まれ止められた。
「ンだァ……? まだお手々繋いでてほしいじゃン、なンて言いだすンじゃねェだろォな?」
「……言ったらどうする?」
「は?」
「少し、誰かに甘えたい気分じゃんよ……今日だけ、甘えてもいいか?」
「……ハァ……?」
「……無言は肯定とみなすじゃんよ」
「オイちょっと待て黄泉――」
抵抗の言葉は最後まで言うことができなかった。
ぬるりと黄泉川の舌が一方通行の唇をなぞる。
一方通行があまりの展開に茫然としている間に、口付けは終わっていた。
「……こういうの、初めてじゃん?」
「……いや……そンなことは、ねェが……」
「意外……ってこともないか。最近のオマエを見てるとそういう経験あっても不思議じゃないじゃんね」
「……どォいうつもりだよ」
「言った通り、今日は誰かに甘えたい気分じゃんよ。……それとも、私じゃダメか……?」
「ダ……ダメってことは……ねェけどよ。そォいう問題じゃ――ぐっ」
不安そうな顔をしていた黄泉川の表情が、表情をぱっと明るくして一方通行を思いっきり抱きしめた。
豊満な胸に顔を押し付けられて、
一方通行がうまく呼吸できないことに黄泉川が気づいたのはしばらくたってからの話である。
「ご、ゴメンじゃん一方通行……」
「無駄にでけェもンぶら下げてるとは思ってたが……凶器にもなンのかよ、それは」
「……そういう言い方はやめてほしいじゃんよ」
「……悪ィ」
調子が狂う。いや、狂いっぱなしだ。
ここ二日のこれはなんなんだ、一体。
自分にこんな出来事が起きるなんて、配役を誤っているとしか思えない。
まだ昨日の芳川との一夜だけならばいい。
イメージから遠く離れた行動ではないし、なんだかなんだ一方通行自身も乗り気だったことは否定できない。
だがこの豪快で奔放な、ある種粗雑な体育教師にこんな乙女な一面があるとは思わなかった。
女はどこまでいっても女、そういうことなのだろうか。
普段とは異なる輝きを湛えたその瞳から目を離せない。
「それでその、一方通行……」
「……なンだよ」
「その、今日……その。いいか?」
渾身の誘いなのだろう。
やはり、こんな出来事に巻き込まれるのは自分のキャラではない。
そんなはずはない、そんなはずはないのだが……
結局断り切れずにまごついてる間に、強引に押し倒されていた一方通行であった。
翌日、やはり一方通行の気持ちは微妙だった。
というか、昨日よりも更に輪をかけて複雑だった。
どうもあの二人は一晩寝たから交際がどうこうとか言いだすタイプではないと思うが、
そうはいっても一つ屋根の下で共に暮らす二人とたったの二日で関係を持ってしまったのだ。
顔を合わせづらいと思うのは仕方のないことだ。
例え顔を合せなかったとしても、
この家の中にいるウチはどうしてもここ二日の出来事を思い出してしまって落ち着けそうにない。
そんなこんなで今日も健康に外出しようと決心した一方通行だが、事は昨日のようには運ばない。
「ねえ第一位、今日ヒマ?っていうかヒマだよね、ちょっとミサカの買い物に付き合ってよ」
「……買い物ォ?」
「そ、服見たいんだけどさ、一応他人の意見も取り入れたいし。
まあ第一位のセンスなんて見れたものじゃないけど、それでも金ヅルにはなるかなーって」
「そォいうのはもうちょっとオブラートに包んで言うモンだろォが……
だがまァ、構わねェよ」
顔を合わせづらいのは黄泉川と芳川の二人であって、番外個体と打ち止めは依然変わりなく接している。
特に番外個体とは元より憎まれ口を叩きあうようなそんな関係であり、
言動に苛立つ時もあるが、多くの場合は不思議とそこまで不快ではない。
一方通行にはそう言った経験はないからわからないものの、その関係は長年連れ添った友人との関係に似ていた。
つまり昨日の今日でやることなど思い浮かばない一方通行としては、
番外個体からの誘いは絶好の暇潰しを手に入れるチャンスだったわけである。
「ありゃ?誘っといてなんだけどちょっと意外かも。
ぎゃは、もしかしてついにこのミサカにときめいちゃったりした!?」
「アホか……行くか行かねえのか、どっちだ」
「ん、行く行く。セブンスミストでいいよね?」
「いいンじゃねェの。おら、行くならさっさと行くぞ」
「せっかちな男は嫌われるよ?」
「いちいちうるせェよ!」
とにかく、こうして一方通行は今日を過ごす相方を得たわけである。
しかし、隣に誰かがいればその一日が平穏に満ちたものになるというわけではない。
むしろ番外個体の性格を考えれば、平穏とは正反対の、波乱に満ちた一日となるだろうことは容易に想像できた。
それもある程度覚悟していたことではあるが、物事には限度というものがある。
そして今日は、一方通行にとって耐えられる限度を少し超えていた。
「あっれー?このミサカに着るもの見繕ってやると豪語してた割りに、なんだか元気がないねえ?」
「……確かに見繕うとは言ったがよォ……」
「なになに?ん?」
「ランジェリーショップはねェだろ、さすがに……」
番外個体の強引な提案により、二人は女性向けランジェリーショップに来ているのだった。
「いやいや、なんかね?最近男性に下着見繕ってもらうのがブームらしいって雑誌にも書いてあったしさ」
「ンな雑誌の言う戯言なンざ鵜呑みにしてンじゃねェよ!!」
「ま、それは建前でミサカはあなたのその表情が見たかっただけなんだけどねー」
「だろォな、このクソッタレがァ!!」
「ん、まあでも新しい下着欲しかったのも本当だし、折角だから見繕ってもらっちゃおうかな。あ・な・た・に・さ☆」
さすがに無理だ。
一方通行はそう判断した。
周囲の女性の、異物を見る目。
それと同時に存在する、仲の良いカップル(実際は違うのだが)を見る微笑ましい視線。
どちらにしても一方通行には耐えがたく、もしこんなところを知り合いにでも見つかればしばらく外出する気にはなれなそうだった。
「……番外個体」
「んー?」
「悪ィ、さすがにこれは無理だ」
「え、あ、ちょっ……」
品定めをしていた番外個体の手を掴み、強引に店を出る。
しばらく店から距離を取ったところでようやく止まった。
今頃番外個体は不満そうな表情をしているかと思われたが、実際に一方通行が振り向いてみるとそんなことはなかった。
呆気にとられたような表情で、一方通行が掴んでいる手を見つめている。
「……あー……急に掴んで悪ィ」
「ん……いや、まああなたと手を繋ぐなんてちょっとゾワリと来ちゃったけどさ」
「……?」
そう言っている割には、普段のようにニヤリと笑う険のある表情はそこにない。
なにかを言い淀み、まごついてはいるようだが、そこから嫌悪感は読みとれない。
「なんか、ミサカこうして誰かと触れた記憶あんまりないなって思って。
……あなたって、暖かいんだね」
「……」
そう言われると、改めて番外個体の体温が手から感じられた。
不思議なものだと思う。
先ほどまではなにも感じていなかったのに、今はこれほどに体温が意識されるというのは。
「……いつまで握ってんの?やっぱりこのミサカにときめいちゃった?」
「……ハッ、寝言は寝て言えよ」
「ホントムカつくヤツだね、あなたは」
「オマエ程じゃねェよ」
そんなことを言いあってるうちに、二人の手は自然と離れていた。
普段の距離に戻ったとも言える。
ただ、番外個体が、掴まれていた右手首をチラリと見たその光景が一方通行にはひどく印象的だった。
それからは最初の予定通り、番外個体の買い物に一方通行が付き合う形になった。
性格がそうさせるのか、やけに露出度の高い服を選ぶ番外個体を一方通行が止めたり。
女物を一方通行にあてがって番外個体が爆笑したり。
そうこうしながら何点か服を選び、夕方頃に家に帰って来たのである。
ところが、家の中に人の気配がない。
芳川と黄泉川は仕事もあって今ここにいないことも不思議ではないが、打ち止めがいない理由がわからない。
一方通行は連絡を取ろうと携帯を取り出し開くと、自分が連日の出来事にひどく動揺していたことに今更ながら気づき、頭を抱えた。
今日は打ち止めの調整の日だったのだ。
それも今回は腰を据えて細かいデータをとっていくとかで、泊まり込みの予定だ。
ついてきて欲しいと打ち止めに言われていたのをすっかり忘れ、こうして呑気にお買いものに言ってしまったというわけだ。
そのお怒りのメールと着信が何件か入っていた。
打ち止めが帰ってきたら、しばらく騒がれるのは覚悟しておいた方がいいかもしれない。
「どうしたの?」
「いや、今日は打ち止めの調整だったンだが……うっかり忘れてた」
「へえ、珍しいこともあるもんだね」
「……まァな」
その一方通行の返答に番外個体は大きく吹きだした。
自覚があるのはなによりとか、そんなことを言いながら笑っている。
思わずため息が漏れるが、元より番外個体はこういう人間なのだ。
仕方のないことだと割り切るしかない。
「おい、飯はどォする」
「エプロン装備の家庭的一方通行はいかがかにゃーん?」
「めんどくせェ。外行くぞ」
「全くノリが悪いったら。いいよ、すぐ行く?」
「腹ァ減った」
「わかった、じゃあ荷物だけ置いたらいこうか」
パタパタと自室に駆けていく番外個体を見ながら、一方通行はなにか不思議な心持がしていた。
自分が平和な、光の世界で生きていくなどとはずっと思ってもみなかった。
だが、蓋を開けてみれば自分は光の世界にどっぷりと浸かっている。
奥底にある闇、忘れるべきでない暗部は確固として自分の中にあるが、
それでも昔と比べれば雲泥の差だ。
それを象徴するのが、番外個体との関係だとも思う。
彼女は一方通行を殺すために造られた個体だ。
その個体と、仲良くお買いものをして、これからは二人でディナー。
ある意味では、打ち止めや黄泉川よりも光の世界の象徴になっていると言ってもいいかもしれない。
なんとなく、今日はハンバーグを食おうと思った。
普段よりもうまく感じそうだ、とも。
「……汗かいちまって、ベタつくな」
夕飯から帰ってきたはいいものの、食事をしたあとで体温が上がり、
一方通行は少し汗をかいていた。
番外個体に汗をかいた様子はないから、一方通行は汗をかきやすい体質なのだろう。
「シャワーでも浴びてきたら?先にシャワー浴びてこいよ、ってやつかなぁ?ぎゃはっ」
「それは少しちげェ……が、そォだな。浴びてくるわ」
「出てくるとき服とかなくなってると思うけど、気をつけてね」
「俺の服がなンでオマエに需要あるンだよ……」
「そういう意味じゃねーし、このバカ!」
「ハイハイ、冗談ですよォ」
そう言い残して、一方通行はバスルームへと消えた。
閉めたドアに、番外個体が投げたタオルがあたって微かに音をたてる。
番外個体が頭をガシガシと掻きながらタオルを拾うと、その直後に電話が鳴った。
不意を打たれたような気がして少しドキリとする。
この場には一人しかいないのだから、出るしかない。
珍しい経験にやや緊張しながらも、番外個体は受話器を取った。
「はい、ヨミカワです」
「あ、黄泉川先生のお宅ですか?」
「……だから、そうですけど」
「あ、ごめんなさい……」
受話器から聞こえてきたのは、そう年のいっていない女性の声だった。
どことなくオドオドとしているような気がする。
「あの私、黄泉川先生の同僚の鉄装と申します。今黄泉川先生と飲みに行っていたんですが、酔いつぶれてしまったので……」
「……迎えにいった方がいいのかな?必要なら一人向かわせるけど」
「あ、いえ。私のウチが近いので、そこに泊めようかと。一応報告だけしておこうと思いまして……」
「そう?」
「ええ」
「わかったよ。ウチの人がご迷惑かけてごめんなさい」
「いえ、あの、黄泉川先生には日頃お世話になってますから、お気になさらないでください。
それでは失礼しますね」
そう言って、しばらくすると電話は切れた。
プーッ、プーッ、と断続的な電子音が辺りに響く。
ふと、黄泉川が帰って来ないと聞いて、思いついたことがある。
なんとなく、ギュッと受話器を両手で握りしめた。
いや、なんとなくというのは嘘だ。
自分が緊張してこうして受話器を握っていることはわかっている。
その理由もわかっているが、なんとなく柄じゃないような気がして認められないだけだ。
やりなれないことというのは、どうしてこんなにも緊張するのだろうか。
そんなことを思いながら、ゆっくりと受話器を置いた。
やはり汗をかいた時はシャワーに限ると一方通行は思う。
これは能力を使えていたころは絶対にわからなかった快感だろう。
能力が使えないというのも、必ずしも悪いことばかりではないものだ。
彼はバスタオルで軽く体を拭うと、シャツとジーンズを着てリビングへと向かった。
番外個体はリビングにはいなかった。
部屋に戻ったんだろうと自己完結し、ソファーに腰かける。
シャワーで少し火照った体が空気に触れ、心地いい。
目をつぶってその感覚に身を委ねていると、後ろから足音が近づいてきた。
どうやら番外個体は部屋に戻ったわけではなかったらしい。
キッチンにいたのか、はたまた別の場所にいたのかはわからないが。
「ん、出たんだ」
「おォ」
「ふーん」
そのままペタリペタリと、フローリングを素足で歩く音がする。
一方通行のすぐ後ろまで来てその音が止まったため、目を開けて後ろを向く。
その瞬間、フッと頬が暖かい何かに触れた。
後ろを見れば、どうやら番外個体の右手が一方通行の頬を撫でているようだった。
「……なにしてンだオマエ」
思わず振り払う。
番外個体は振り払われた手をプラプラと振りながら、寂しそうに笑っていた。
「んー……なにしてんだろうね。ミサカにもわかんない」
「はァ?」
「……さっきさ、腕触ったじゃん」
「さっき?あァ、セブンスミストで……なンだ、それが気に食わなかったってかァ?」
「違うよ。その時もいったけど、ミサカって全然人の体温とか触れたことなくてさ」
「……」
クローンだからね。
番外個体はそう、目で訴えかけてきているようだった。
一方通行の胸が、グッとなにかに押しつぶされるような気になる。
番外個体が生まれた責任、本来受けるはずだった愛情を受けてこなかった責任は、直接的には一方通行にない。
それでも一方通行の心情・経験を思えば、彼の中にそういった罪悪感が生まれるのも仕方のないことだった。
「……それで?」
「少しだけ、触りたいなって。……ダメかな」
「……」
「……」
「勝手にしろ」
「!」
普段は決してしないホッとしたような表情を受かべて、
番外個体は一方通行の頬に再度触れた。
始めは恐る恐る、徐々に大胆に。
ただ、一方通行としては顔を撫でまわされてもあまりいい気はしない。
そこそこにご満悦のようだが、他の場所でもいいはずだ。
「……おい」
「なにかな?まさか男に二言はないよね?」
「顔面はやめろ。ウゼェ」
「う……」
「……ったく。手でいいだろォが、手で」
先ほどそうしたように、右手で番外個体の左手首を掴んだ。
なるほど、やはり暖かい。
打ち止めのような高い体温ではないが、確かに人間がそこにいるという実感がある。
彼女がそこに惹かれるというのも、一方通行にはわからない話ではなかった。
ずっと、長く人に触れないで生きてきた彼にとっては。
一方通行もつい、しみじみと触れ合っている部分を見つめてしまう。
その空気を払拭するように、番外個体がソファーの背もたれを超えて一方通行の隣に座った。
「なんかこれってさ」
「ン?」
「ミサカが一方的に触られてるみたいじゃん。ミサカも触りたいからさ、手首じゃなくて手にしようよ」
そういいながら、番外個体は空いている右手でそっと一方通行の手を包む。
不意に一方通行の心臓が跳ねる。
その手つきが、番外個体という人間からは想像もできないほどに優しげだったからだ。
力が抜けた右手はするりと番外個体の左手首を逃がし、自然と手が合わさった。
その指の一本一本が、ゆっくりと絡みついていく。
「ね、これ恋人つなぎってやつだね」
「ンな名前があンのか?」
「MNW情報ではね。どう、ミサカが恋人ってどんな気持ち?」
「どォ……って言われてもな」
「……」
「まァ……悪くはねェンじゃねェの」
キュ、っと手を握る力が強まる。
喜んでいるんだろうか、などとぼんやりと考える。
いつもならばそんなことは考えなかっただろうが、今日の彼女ならそういうこともあるか、そう自然に思えた。
少しだけ、二人の間の距離が縮まる。
それだけで、元から近かった二人の距離はもはやほとんどなくなっていた。
指だけ、手だけではなく、腕ごと絡まっていく。
その際に番外個体の胸の感触が感じられ、気恥かしくなって思わず目をそらした。
それとほぼ同時に、肩に重みを感じた。
番外個体が頭を一方通行に預けたためだ。
首筋に番外個体の髪が触れるとふわりとした甘い匂いが漂い、
一方通行は思わず空いた左手で彼女の頭をそっと撫でる。
フワリとした髪質が手に心地いい。
その癖髪は必要以上に手に絡むでもなく、一方通行の手が梳くのに合わせてサラリと逃げて行った。
流れるような手触りと羽のような軽さが後を引き、何度も繰り返し撫でた。
(なァにやっちゃってンですかねェ、俺は……)
そもそも女性関係のいざこざが自分に連続して振りかかることも異様に思えるが、
それにしてもなんだかんだ受け入れてしまっている自分も自分だ。
特に今晩はひどい、傍から見る分には両想いの初々しいカップルにしか見えないのではないだろうか。
「ね」
「……なンだよ」
「あなたってば、このミサカに欲情しちゃってるってことでいいのかな?」
「……」
彼もまた一人の健全な男子高校生である。
肯定こそしないが、ここで否定するのも見え見えで締まらない。
彼ができることは沈黙を保つのみであった。
「沈黙は肯定とみなすよ?」
「……うるせェな」
「ぎゃはっ、それでも否定しないんだね。まあ、悪い気分じゃないかな」
「……」
「でもね、第一位」
「あ?」
「“させて”あげる気は、ないからね?」
「……ほォ……」
なにがほォ、だかまるでわからないが、苦し紛れにとりあえずそう呟いた。
一方通行にとっては誠に恥ずべきことに、しかしそれも男としての性。
ごちゃごちゃと頭の中で考えながらも“そういう”ことを想定はしていた。
自分からガンガン攻めるようなつもりはさらさらなかったが、芳川達同様にあっちからくるなら仕方ないかなー、
とまあ、その程度には期待していたわけである。
だからその、実はちょっと悔しかったりもした。
「ま、安心しろ。俺もそンなつもりは更々ねェよ」
「本当かにゃーん?」
嘘である。
「ハッ、大体黄泉川だってそろそろ帰ってくるンだろォが。
なンですかァ、世話になってる家主にヤってるところ見られたい変態さんなンですかァ?」
「……あのね、今日ヨミカワ帰って来ないよ」
「……はっ?」
「それに、ヨミカワ達が帰って来なかったら襲うってことだよね。
ミサカ、身の危険感じちゃうなあ」
「いや、それは言葉のアヤっつゥかよォ……」
「じゃあ襲わないんだ?」
「当たり前だろ」
「そしたらさ」
嫌な予感がする。
昨日、黄泉川に押し倒される直前と似て非なる予感。
ただ、間違いなく嫌なことが起こるだろうという予感が。
「今晩、一緒に寝ようか?」
「は?」
「一晩よろしくね、一方通行☆」
一方通行にとってこの夜は地獄だった。
自分の部屋で寝ようにも番外個体がついてくるのだから、逃げ場がない。
仕方がなく隣にいる状態で寝ようとしても、どうにも意識してしまって寝られない。
しかもやけに番外個体がくっついて来るのもあって、男としての限界が近づいていた。
また、妙に肌の感触が心地いい。
これは一方通行は後から気づいたことだが、番外個体はクローンであるために紫外線等からのダメージを受けておらず、
肌の状態が外見年齢から考えると異常なまでに若いようである。
結局ベクトル操作で脳内物質のコントロールをして一時は事なきをえたが、
ところが今度はチョーカーのバッテリーの問題が出てくる。
いっそバッテリー切れの状態になれば、意識もせずに眠りにつけるのではないかとも思ったが、
意識がしっかりしないまま番外個体に襲いかかるような事態が無いとは言えない。
それはいろいろな意味で最悪である。
結果としてバッテリーを使いすぎるわけにもいかず、
時折脳内物質を抑えるのに使用する程度だった。
だったのだが、今度は番外個体にうるさいからチョーカーのスイッチ切り替えをするなと言われ、
加えてそんなことしなきゃ我慢できないの?とまで言われたのだから、
負けず嫌いの一方通行が取る選択は一つだった。
それからずっと、チョーカを使わずに番外個体が大人しく眠るまで待ち続けたのである。
彼の精神力は、さすがに常人の域をかけ離れていたと言ってもいいだろう。
学園都市第一位、その称号は伊達ではない。
心を張りつめさせながら朝を迎えた学園都市第一位は、
今の状況が自分で引き起こしたものである上にやけに情けないことを思って、
少し目から汗が流れそうになった。
それはきっと、太陽が眩しかったためである。
翌朝、一方通行の気分は人生でも指折りに悪かった。
あと単純に寝不足でもあった。
思えば打ち止めは子供であるから、それを除いた黄泉川家の女性全員と関係を持ったことになる。
番外個体とは直接そういった行為に臨んではいないものの、似たようなものである。
しかも、三日の内に三人。
某フラグメイカーも裸足で逃げ出すペースだ。
だがその分心労は増える。
番外個体が起きだす前に家を後にして、今はファミレスで軽食を取っていた。
一方通行は、最近の(自業自得な)出来事について、他者に相談しようと決めた。
黄泉川家の人間に相談できないことならば、相談相手は非常に限られる。
そしてその相手は、そう遠くない内にこのファミレスに来る予定であった。
窓からやや特徴的なその人影が見えると、一方通行は決意を固めるようにコーヒーをぐいと煽った。
「……とまあ、こンなことがあってよォ……正直、オマエらくらいにしか相談できねェンだ。
なァ、これからどォしたらいい?」
「いや、そう言われても……なあ?」
「爆発しろ、学園都市第一位爆発しろ」
某ファミレス。
一方通行は、上条当麻と浜面仕上の二人と会っていた。
折り入って相談があると言われて呼び出された浜面はまさかこんな話だとは思わず、思わず脱力した。
あと一名はその状況が羨ましくてちょっとおかしくなった。
一方通行としても仔細に渡って話すのではなく要点をかいつまんで話したのだが、
それがまた黒髪のヒーローによくない影響を与えたのかもしれない。
フラグ体質の自覚がないことは、本人にとっては果たして幸いかどうか。
一方通行はふと今の自分の状況を鑑みて、そんなことを思った。
「いや、そォは言うがよォ……正直、もうアイツらとどンな顔して会えばいいのかわかンねェしよォ」
「まあ実際そういうことした翌日とかはアレだよな。俺も初めて滝壺とした次の日は―――」
「こいつら爆発しろ」
浜面がそれほどの反応を示さなかった理由は、単純に恋人がいるからである。
彼女がいなければ、もう一人壊れたレコードのような人間が生まれていたに違いない。
もっとも、複数人と短期間でこのような浮気な行動を一方通行がしたというのは、
彼にとっても少なからず驚きであった。
「しかし、ハーレムとか……」
「いや、こンなはずじゃ……」
「まあ、二人目までは納得しないでもないけどさ」
「爆発しろ、爆発してくださいお願いします」
「三人目は……」
「まァな、俺が招いたってところもあるよなァ……」
ハァ、と一方通行は大げさに溜息をついた。
「オマエってそういうことするタイプだとは思ってなかったんだけどな。
正直ちょっと意外って言うか」
「俺だってンなことは思っちゃいなかったっつゥの」
「爆発しろ」
「まァ、誰かとそンな関係になることすら想像しちゃいなかったンだがよォ……」
「じゃあなんで……ってまあ、確か三人ともすげえ美人なんだよな。
俺もそうなるかもしれないよなあ……男だからなあ」
「普段ならあの電波に告げ口するところだが……今の俺にはなにも言えねェな」
「……危ねえ」
「……まァなんつゥか……断れねェンだよな、なンか。
ひょっとしたら、断って今の関係が壊れていくのが嫌なのかもしれねェな」
「まあ、わかるよ」
「……」
「単なる言いわけかもしれねェぜ?性欲に負けた男が自分の行為を正当化するためにそンなことを言ってるとは思わねェか?」
「性欲もゼロじゃねえんだろうけどさ、正当化ができないことはよくわかってるだろ?
今回の場合は、どこまで行っても男が悪い」
「……だよなァ」
「それにまあ、俺達みたいな人間にそういう、他人との繋がりを求めるところがあるっていうのもわかるし」
「……」
「だからこそ、共感と同情と、ほんの少しの羨望を送るぜ」
男だからなあ。
精神的に死にかけている上条さえも含めて、この空間はなんだか妙な一体感を帯びつつあった。
どこぞの高校のデルタフォースを彷彿とさせる、どこか間の抜けたまとまりである。
「話を本筋に戻すと、オマエの自業自得なところもあるんだし、
こればっかりは腹くくってしか向かいあっていくしかないんじゃないか?」
「だよなァ……それしかねェか」
「別にあたって砕けろっていうんじゃないんだから、「爆発しろ」上条は少し落ち着こうな。
堂々とっていうのはちょっとアレだけど、しっかり向かい合っていくしかないだろ。
あっちがキレるならそれはそれでしょうがないし、誰か選べっていうなら選ぶしかねえだろうし……」
「……よし、腹決めた」
「まあその三人にしたってオマエのこと嫌いじゃないんだろうから、大丈夫だろ。
いやあ、俺とは違ってモテるからなー……羨ましいぜ」
「爆発しろ」
実際には浜面が一方通行に先駆けてハーレム的なものを築いているのは既知の事実であった。
特に複数人と肉体関係を持ったわけでもないし、
浜面は交際中の彼女に一途なので一方通行のようなことにはならなかったが。
「じゃあそろそろでるか?」
「そォだな。ここは俺が持つ」
「よ、さすが第一位!男前!」
「爆発してくださいませ」
「なンで少し丁寧になってンだオマエ……そンな状態でも金には敏感なのか」
「あ、あなただー!」
「あァ?」
「おっ?」
「……?」
トテテ、と遠くから一方通行に駆けよってくる小さな人影があった。
調整を終えた打ち止めである。
ガシっと一方通行の腕に掴まり、嬉しそうに揺れている。
「もう、あなたってば昨日連絡したのに全然お返事くれないんだから!ってミサカはミサカは怒ってることを伝えてみたり!」
「あァ……悪かったな」
「ん、ちゃんと謝ってくれたからいいのよってミサカはミサカは寛容宣言!
でも、夜一人なのは寂しいから、あなたに一緒にいて欲しかったなってミサカはミサカは……あれ?」
この時打ち止めは異変に気付いた。
上条と浜面の、自分を見る目の異様さに、である。
ついでに二人の一方通行を見る目が、ゴミ虫を見るような視線になっていることに。
「まさか一方通行、オマエ……」
「ン?……ハァっ!?いやオマエ、コイツはちげェよ、そォいうんじゃねェっつゥの!!」
「い、いや一方通行さん、上条さんはそういうのは人それぞれだと思いますのことよ?」
「いや、ちげェって!っつゥかオマエ一瞬前まで爆発しろしか言ってなかったくせになに急にいつもどおりに……
あとジリジリ下がっていくんじゃねェよ!戻ってこい三下共ォォォォォ!」
「ひぃ、まさか俺達まで…!」
「第一位、恐るべし……性的にも第一位だったのか……!」
「うるせェぞ三下共ォ!あァもォ、不幸っ……いや自業自得だけどよォォォォォ!!
クソッタレがあああああああああああああ!!!」
「なんだか楽しそうねって、ミサカはミサカは仲間に入れてほしかったり!」
「「「入るな!!」」」
「うひゃあ!」
この誤解を解くのに、一方通行は一時間近くかかったとか。
また久しぶりに全員そろった夕飯時に、黄泉川家に漂った微妙な空気をどうするか、
そのことを考えすぎて、一方通行の胃には穴が空きかけたとか。
とりあえず個別に話し合ってみたものの、大して驚きもなければ拒絶もなかったとか。
たまに芳川から思いだしたかのように誘われたりするとか。
黄泉川と一対一になるとそれはそれで妙な空気が流れるとか。
どうもあれ以降、番外個体がやけに一方通行の後をついてくるようになったとか。
つまり結局のところ、ハーレムが完成してしまったとか。
なにやらテレポート系の能力を持つ元同僚とも関係を持ってしまったとか、
某妹達からアプローチを受けたとか、
そういった話もあるが、それはまた余談である。
643 : 上条・浜面「ハーレムとか…」一方「こンなはずじゃ…」[sage] - 2011/10/04 13:35:57.01 c/LCTVJEo 26/26終わり
書きたかったのは番外個体の肌とか髪はクローンだから超綺麗に違いないということだったのに、
どうしてこうなった。肝心のそこは本当にサラリと触れてるだけという……
書いてて気に入ったシーンも何気ない番外個体との会話だったっていう……
精進します
長々とお付き合い頂き、ありがとうございました