【関連】
エロ注意 浜×麦(ちょっと滝壺)
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元スレ
▽【禁書目録】「とあるシリーズSS総合スレ」-35冊目-【超電磁砲】
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1324178112/
42 : SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b)[sage] - 2011/12/21 01:55:24.69 ok0WgTkuo 1/10

 どこから飛んできたのか、麦野の病室、その窓の外に一匹の蝉が落ちていた。
 ジジ、とわずかな唸りを上げている。命が付きかけているのは誰の目にも明らかだった。

 脳を持たない節足動物でも死が怖いのだろうか。

 外の風を取り入れようと窓を開けた麦野は、ふと視線が向かった先の僅かな命の残り火を見てそんなことを思った。

 季節は秋。もはや蝉が大声を鳴らす季節ではない。
 学園都市は研究施設の集合体という面を強調しすぎるあまり自然というものがあまり残ってはいないのだが、だからといって蝉が全くいないわけでもない。
 地面を掘り起こしすぎて絶滅した昆虫もいるのだろうが、ミンミンゼミやヒグラシなどはその限りではなかった。

 つまり、蝉が居ても別段珍しいわけでもなんでもなかったのだが、麦野の視線は何故か釘付けにされている。

 視線と表現したが、それは二つあった。

 二人いるということではない。麦野の右目と左目が別の概念から構築されているもの――すなわち、生まれもつものか、後に補われた機械的なものか――という違いである。当然、見えるものは同じではない。同じにすることもできるが異なる映像を見ることもできる。

 それはつまり映像を受け取る側――大脳の皮質に機械的な措置が施されているということでもある。
 人が人たるものを脳に求めるのであれば、麦野は人という概念を陵辱されているとも云えた。

 それだけではない。麦野の顔の右半分は作り物だ。
 既に失われている。
 今は特殊メイクで外見を誤魔化しているだけだ。

 右目と同じ、作り物の貌。
 それだけではない。いくつかの内蔵は欠け、それを補う人工臓器が取り付けられている。残存する臓器も神経が壊れているために補助装置でなんとか機能を維持している状態だ。
 カエル顔の医者のカルテを見たところ、組木細工のように繊細に収められているはずの内蔵は位置はバラバラで本棚を蹴り倒した後のように乱雑に積み込まれているような状態だった。

43 : SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b)[sage] - 2011/12/21 01:55:57.23 ok0WgTkuo 2/10


 未熟な昔の自分を突きつけられて恥ずかしいよ、と言ったカエル顔の医者。彼は専門用語も交えては具体的に内蔵を元に戻す説明をしてくれたのだが、医療技術に興味のない麦野は失った顔と左腕と同じように再生医療を行うということ、再生箇所は発癌性が高いため定期的な健康診断が必要だということ以外は頭に入らなかった。

 元の体に戻れるのなら、それだけでいい。
 アイツが望んだ通りの体に戻れるだけでいい。
 殺し続けた自分にはお釣りが来るほどに開けた展望だと麦野は感じたことを思い出す。

 そして、心に残った蝉をなぜだか分からぬまま映像として保存する。
 やがて清掃ロボがやってきて、蝉の生死を問わずにゴミとして片付けてしまうだろう。
 だからといって救いあげようとも思わない。もはや寿命なのだ。ここで拾い上げたとしても遠からず死ぬ。内蔵を弄り回されて生きている自分とは違うのだ。

 死に藻掻く蝉に背を向け部屋の中心、ベットに腰掛ける。
 取り入れた風はパジャマには涼しすぎるほどだったが、それが心地よかった。
 肘から先のない左腕の布地がふわりと揺れた。

 今さらのようなその光景を見て、

 ――そういうことね。

 麦野は自分と蝉とを重ね合わせていたことを理解した。


 三度、殺し合いをした。

 一度目は裏切りを許せなくて。
 二度目は弾けるほどに膨らんだ復讐心に身を漕がれて。
 三度目は全てを捨てて、一人の全てを奪おうとして。


 蝉の胴体は空っぽだ。
 大きな音を立てるために、ドラムのような反響装置として、肉も筋も存在しないただの伽藍堂だ。

 ただの伽藍堂。

 麦野の肉体には本来存在しなくてはいけないものが存在していない。本来存在してはならないものが存在している。
 それは既に人という概念の枠組みが崩れているに等しく、本質的な何かがこぼれ落ちてしまっている。

 ただの伽藍の堂。

 死んでいるはずのものを生かされた。生かされてしまった。
 そして、そのままもう一度死ねばよかったのに、希望を見てしまった。魅せられてしまった。
 麦野が殺したいほど憎んで殺したいほど愛した男がどんなことをしても守ってやると言ったのだ。

 それが、期限付きだとしても。
 その言葉で無機質な世界に色が花開いてしまった。

 なんて残酷なんだろうと思う。

44 : SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b)[sage] - 2011/12/21 01:56:56.04 ok0WgTkuo 3/10


 既に壊れた器に盛るものなんて全て漏れてしまうのに。

 ほう、とため息をつく。セミの声はもう聞こえない。
 夕暮れになって日が奥深くまでさしている。ふと、センチメンタルな気持ちになった。

 焼いてやろう。

 このままゴミとして葬られるのは可哀想だ。
 幸いなことに焼くことには慣れている。一匹の虫を原子に変換することぐらいものを思うよりも容易い。
 死ぬことのできなくなった自分のかわりに死んだ、その嫉妬と代わりを務めてくれた感謝を込めて。

 立ち上がり、スリッパを突っかけて窓に近づく。
 残った右手の人差し指を蝉の死骸に向ける。
 瞬間、音も光も影もなく蝉は消失した。
 一欠片の灰も残らなかった。

 はしご状神経の脳を持たない生き物の死を嘆くように風が吹いて、目に見えない何かが空に散って何処かに還っていく。その姿を麦野はぼんやりと眺めていた。

「――むぎの?」

 後ろから声をかけられた。振り返るとそこにはピンクのジャージ姿の少女、滝壺理后がぼんやりとした眼をしながら立っている。
 どうやらノックの音にも気付かなかったらしい。

「何をしているの?」

 一番会いたくない人物に声をかけられ、麦野の表情が濁る。しかしそれは文字通り一瞬のこと。平素のように変わりなく女王然として気を張った声を出す。

「虫をね、焼いていたのよ」

 嘘ではない。だがこれでは善悪も理解できない子供のようだなと省みる。

 不思議そうな顔をしながら滝壺が麦野に歩み寄る。
 風が二人のボリュームのある髪を揺らした。

 この少女も今現在入院中だ。
 体晶という薬を多用した副作用で複数の内蔵が潰瘍を併発しているのだ。
 神経を過剰に活動させ脳に特段の作用を与える薬は内臓の交感神経をも狂わせ、その機能をめちゃくちゃにしたのだ。分泌すべきホルモンを分泌せず、分解すべき毒素を分解しない。
 命があることそのものが既に奇跡とも言える。
 その奇跡は浜面仕上げという一人の青年――少年という年でありながら少年という枠には収まりきらない肉体と精神を持つ男――の活躍によって起こされた。

 麦野が殺そうとし、殺されて、奪い取ろうとし、心を奪った男。

 そして、滝壺の恋人。

 今、滝壺の生命活動は安定している。
 しかし完全に元の体を取り戻すにはやはりきちんとした治療が必要であり、学園都市でもっとも技術力の高いこの病院に麦野と共に入院しているのだ。

 浜面仕上の強い意思で二人は今ここにいる。
 アイテム再結成まではどんなことをしてでも守ってやるという約束を守りきってくれたのだから、一つぐらいは言うことを聞いてやろうと、そんなことを口にしたら浜面は「身体を治せ」と言ったのだ。
 呆れはしたが麦野は素直に言うことを聞いている。実行している。

 滝壺を追い込んだことを憎んではいないのか、と聞くこともできずに。

 滝壺の能力、AIMストーカーは体晶を用いることで”正しく暴走”し、一度認識した能力者のAIM拡散場を銀河の果てまで追跡する。全ての物理的防御を無視して対象を射抜き焼き殺す麦野の能力との相性は抜群だった。

 便利だったから使って。
 切り札だったから使わせた。

 結果、滝壺の命が縮まるとわかっていて使わせた。

45 : SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b)[sage] - 2011/12/21 01:57:49.69 ok0WgTkuo 4/10

 ――そういう表現しか知らなかった。

 もう浜面は麦野を許している。滝壺も一緒だ。それは理解している。でも一度動いてしまった歯車が元に戻ることはない。
 浜面は滝壺を選択し、麦野を捨てた。
 アイテムの中に居場所があっても浜面の横に居場所はない。
 それはもうどうしようもないこと。


 ――嫌われて当然だよね。
                       麦野は一人胸の中で呟く。
 ――だからこんな化け物になっちゃったんだ。
                       言葉に出せない思いを繰り返す。
 ――アイツが滝壺にいくのは当然だったんだ。
                       苦しいから、敢えて明るく問いかけた。


「どうしたのよ。言いたいことあるんでしょ?」

 何か照れている滝壺に言葉を促す。
 ただ顔が見たいというだけで違う階から降りてきた訳でもあるまい。きっと何かを伝えたいのだろう。ぴんと張った背筋に確固とした芯を感じた。

 苦しくても我慢しよう。
 顔には出さないでいよう。
 大丈夫、私は強い。

 視線を合わせる。滝壺が大きく息を吸う。
 そして力強く宣言した。

「私ね、体が治ったらはまづらに抱いてもらおうと思うの」

「――っ!」

 弱かった。
 心乱された。心臓を鷲掴みにされた。唇を噛まなかったら叫んでいたのかもしれない。
 何時か必ずそうなることで、単純に刻限が見えていないだけのことを改めてその唇で言霊にされて、魂が揺さぶられるほどに動揺した。
 形のない何かを失いそうになる。

 どこか遠くを見ながら滝壺が笑っている。こころなしか頬を染めている。当たり前だ、自分が女になると高らかに告げたのだから。
 恥ずかしがりながら、気高そうに。それでいて嬉しそうに。
 こんな言葉を口にできるほど誰かを好きになれたことを誇らしげに。
 麦野の目には眩しいほどの笑顔。

「そ、そう。決めたんだ」

 震える舌先を黙らせるように麦野が息を呑む。
 右手を胸の前で握って暴れる心臓を落ち着かせる。

「決めたんだったら、応援するよ」

 小さく、まるで叫びのように言う。はっきりと、嘆くように言う。

 引きつっていないだろうか。不自然ではないだろうか。おかしくないか。不格好ではないか。
 大丈夫、こんな顔だ。多少不格好だろうと構うものか。

「あんたじゃないけどさ、応援する。怖いかもしれないけど幸せになりなよ。浜面は浜面だからダメなときはとことんダメだけどやるときはヒーローにだってなれるからさ」

 生皮を剥がすような感覚。自分の言葉が自分の内側を切り刻んでいくのを麦野は理解する。

「浜面の童貞臭は酷いもんだからさ、一回覚えたら毎日のように弄ばれるんじゃない? 万一マンネリになってもバニースーツで覚醒した猿になりそうだし」

 けらけらと愉快に麦野は言う。
 言って、滝壺の大ぶりの乳房を鷲掴みにする。
 きゃあ、と騒ぐこともなくキョトンとした顔で滝壺が麦野を覗き見る。

「私ほどじゃないけどさ、滝壺スタイル良いんだからさ。ここなんかいい武器になるんじゃないの?」

46 : SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b)[sage] - 2011/12/21 01:59:44.24 ok0WgTkuo 5/10


 私ほどじゃないけどね。心の中でだけもう一度言う。
 負けてない。ううん、負けてなかった。今はこんな体だけれども負けてなんかいなかった。体だけならあいつは私の方を見ていたはずだ。
 そんな思いが今でも麦野の中には確かに存在する。
 感じさせてはダメだ、と麦野の強すぎるプライドが虚勢でしかない笑みを崩させない。

 滝壺がゆっくりと麦野の手を取った。片手しかない麦野を、両手でしっかりと。痛いほど握り締めた。

「ありがとうね、むぎの。私、むぎのにそう言ってもらって本当に嬉しい」

 いつの間にか夕方のオレンジは夜の帳に塗り替えられ、外の風も冷たくなってきていた。
 滝壺の顔の陰影が深くなって柔らかな美しさを引き出している。屈託の無い笑みにそれが良く合っていた。
 内側からにじみ出ているのは素直さだろう。暗部というコロシコロサレル世界の中で屈託さを失わなかったのは麦野の知る限り滝壺しかいない。皆が皆、何処かに闇を持ち、目に見えない歯車が空回りしていた。
 殺してしまったフレンダも、子供のくせに大人味を出そうとしている絹旗も、出会った頃の浜面も。
 そして何より麦野沈利という自分自身が。
 噛み合わない歯車を持て余して狂っていたではないか。

 ぼんやりと、そして何か悟ったように物事に拘泥しない――浜面に関することは別として――滝壺理后だけがあの世界で狂っていなかった。
 素直なままで存在していた。

 誘蛾灯のように浜面が滝壺に惹かれるのは当然の因果。滝壺が浜面を受け入れる選択をしたのは当然の結果。

 羨ましすぎて気に入らない。
 でも、笑ってやる。弱い私なんて私じゃない。百万ドルの笑みで受け止めてやる。
 ああ、でもこんな顔じゃ5セント硬貨の価値もないか。

 しかしながら、麦野の強がりも容易く撃ち抜かれる。

47 : SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b)[sage] - 2011/12/21 02:00:36.32 ok0WgTkuo 6/10


「むぎのも、はまづらに抱いてもらおう?」

 微笑みを浮かべたまま、散歩にでも誘うような滝壺の言葉によって。

「綺麗な体に戻ったらはまづらに抱いてもらおうよ」

 先程の宣言と同じぐらいに力強く。さもそれが当たり前であるかのように。
 強く強く手を握って。
 麦野を逃がさないように手を握って。

「――」

 何を言っているのかわからなかった。
 何を言っているのかわからなかった。

「むぎのも、はまづらのこと大好きなんだから、一緒に抱いてもらおう?」

 イかれている。そんなものは常識はずれだ。なんてエロゲだよ。
 思った言葉は幾つもあるのに口の中が粘ついて何一つ出てこない。それなのに喉奥に唾液が溜まりすぎていて、息苦しくなって嚥下する。
 百万ドルの笑顔なんてもう何処にもない。
 心臓が、何発も弾丸を打ち込まれた壊れた心臓が音を立てて動き出す。自律神経が異常になっていることを理解する。首筋と耳の裏とに汗が浮き出てくる。

「あ、んた……なに、を……」

 麦野はもうどう話していいのかすらわからなくなっていた。

 空っぽの蝉。
 音響装置でしかない空っぽの内側で滝壺の言葉が麻薬のように木霊する。

「はまづらのこと好きなんだよね?」

 やめてよ。言わないでよ。あんな無能力者。知っているよ。でも知らないんだよ。好きって気持ちがよくわからないんだよ。

「私、むぎのだったら許せる。ううん、むぎのにも一緒にいて欲しい」

 おかしいよ。普通じゃないよ。なんで浮気を唆すようなことするんだよ。そんな性癖に付き合いきれないよ。

「だって、むぎのは本気だったんだから。私とおんなじように本気だったんだから。はまづらのこと本気で好きになってくれた人が報われないのは、私、嫌だよ」

 アンタはこんなキャラじゃない。そこまで割り切れるはずがない。もっと嫉妬深いはずだ。
 だって、私だったらそんなの許せないから。


「――やめて」


 やっと言葉がでたとき、麦野は自分が泣いていることにはじめて気が付いた。
 泣いたことなんてなかったのに。
 泣くところなんて誰にも見せたことがなかったのに。

 眼球を失った右目。涙腺は残っていたらしい。
 全く熱さを感じない右半分の顔を伝った涙が口の中に飛び込んでくる。

「アイツはアンタを選んだ! 選んだんだ! もう終わったことなんだよ! そんなおかしな話持ち出して希望があるようなこと言わないで!!!」

 暴力に訴えなかったのは何故だろう。能力で殺さなかったのは何故だろう。
 決まっている。浜面に嫌われたくないからだ。
 体も心もおかしくなっているのに、溢れんばかりに胸の内に彼の存在を感じてしまう。

「そうだよ! 私は今でも浜面が好き! どうしようもないぐらいに好きなんだよ! でも、だからってもう終わって決定したことを、無理矢理ひっくり返したって、そんなのどうにもならないよ!」

48 : SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b)[sage] - 2011/12/21 02:03:38.45 ok0WgTkuo 7/10



 看護婦が何事かと駆け込んでこないのが不思議なほどの大声。
 隣の部屋が騒ぎを聞きつけているのは間違いない。
 叫んでいた。麦野は身を切るような声で叫んでいた。
 涙を溢れさせて、えづいて、肩を震わせて、今にも崩れ落ちそうなほどに脆くなっていた。

 そして、幼児のように無力な麦野を滝壺が強く抱きしめる。
 その腕を麦野は避けようするが、その体からは考えられないほどの力と滝壺の体温から逃れることはできなかった。

「もう、やめて――」

 超能力者でも化け物でもない、一人の少女が消えそうな声で言う。

「やめないよ。むぎのが、うん、って言うまでやめない」

 もう一人の少女が力強く抱きしめる。
 言うことを聞かない子供に言い聞かせるように。

「だって、今むぎのを離したら絶対に後悔する。一生後悔する。おばさんになっておばあちゃんになって辛い思いをする」

 自動で着いた電燈が闇を払っている。科学の光が煌々と照らしている。
 柔らかな胸に抱かれ、泣いて潤んだ眼のまま麦野が滝壺を見上げる。

「はまづらも、むぎののこと、好きだよ。好きな人のことだもん。私にはわかるよ」

 降り積もるような優しい言葉で滝壺が麦野を癒す。
 溢れ出している感情をコントロールできない麦野をあやすように慈しむ。
 その姿は慈母に似て、その微笑みは聖母(マドンナ)に似ていた。

 どくん、と不完全な心臓が脈打つ。

「浜面が、私のことを、好き――?」

 そんなハズはない。だって、アイツは――

「私のことを好きでいてくれている。それは確信している。でもだからってむぎのを想ってないわけじゃないよ」

 いやじゃないの、アンタは――

「言ったよね? むぎのだったらいいって。むぎのは本気だから許せるって」

 なんのメリットがあるの? 私が傍にいたらアイツ奪っちゃうかもしれないんだよ?

「それはさせないよ、むぎの。私いっぱいいっぱい好きだって言ってずっとはまづらに見ていてもらうんだから」

 答えになってないよ。なんでいやがらないの、アンタ――

「後悔するから。私も、そしてはまづらも一生後悔するから。だからむぎのを離してなんかやらない。一生はまづらのものになるって言わないと放してあげない」

 おかしいよ、滝壺――

「そうだね。おかしいよね」

 うん、おかしい――

「でも、私たちの居た場所っておかしな場所だったよね? 常識なんか何処にも転がっていない枯れた世界だったよね?」

 うん、そうだね――

「そんな世界にいた私たちが普通の常識で幸せになる必要はなんだよ、きっと。おかしなままで幸せになってもいいんだよ」

 でも、それは――

「応援するよ? むぎののこと、全力で応援してあげる。だからきっと大丈夫」

49 : SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b)[sage] - 2011/12/21 02:04:32.39 ok0WgTkuo 8/10

 ――世界の全てを敵に回してでも?

「世界の全てじゃないよ。浜面も私も居る。きっと絹旗だって応援してくれるよ。フレンダだって絶対に応援してくれているはずだよ」
 
 アイテムが? でもアイテムを壊したのは私だよ?

「それでも、だよ。フレンダだってむぎのを恨んでないよ絶対」


 甘く甘く重ねられる砂糖菓子のような言葉に麦野の心は揺れ動く。
 もしそれが本当だとしたら、浜面仕上が麦野沈利を必要としてくれているのならばどれほどに幸せなことだろうか。
 思っただけで背筋が震える。
 そして、確信する。

 ここで甘えてしまって、裏切られたら、私は私でいられなくなる。
 引き返すのならば、今、此処。

 全てを満たしてくれる提案だからこそ麦野は怖い。心の奥底まで甘えてしまうものができたときに、もしそれを奪われたのならば本当に本当の意味で伽藍堂になってしまう。
 結局のところ、麦野沈利という女にある最大の悪癖が彼女を縛っている。

 麦野沈利は独りだった。
 独りに慣れすぎていた。

 アイテムの中でバカをやっているのは楽しかったしファミレスでくだらない会議をするのも好きだった。でも、自分はリーダーで彼女たちは部下で、システムが入れ替わればみんないなくなってしまうと割り切っていた。

 彼女にとっては友達も恋人もいなかった。

 だからこそ、これほど暖かな誘惑を知ってしまったら。
 その居心地の良さを知ってしまったら。

 絶対に戻れなくなる。
 独りに戻ったときに壊れてしまう。

 ――怖い。

「滝壺。私、怖いよ」

「むぎの?」

「滝壺の言うとおりになればきっと私はシアワセになれるんだと思う。でも、一回幸せを知ったらもう引き返せない。もし浜面に愛想つかされたら生きていけなくなる」

 滝壺がもう一度、優しく麦野を抱く。ふわっと開いた髪からする匂いが見えない衣となって二人を包む。
 麦野の感情が爆発することはなく、そして滝壺の言葉を突き放すこともなかった。
 そこまで自分を見つめたんだね、と滝壺が微笑む。

「大丈夫。浜面は絶対に麦野を見捨てたりなんかしない。あの人は強いもの。頼りなくて情けなくて僻み根性が染み付いているけど、でも、あんなに強い人、他にいないよ」

 浜面は強い。
 スーパーマンではないし、オペラの主役にもなれない。世界の危機を救うこともできない。ただの、無能力者だ。
 しかし、強い。
 その強さは超能力者麦野沈利を三度にわたって退けた、ということとは違う。
 当たり前のことを当たり前にこなし、どんな悪条件でも絶望に蝕まれることなく、僅か数パーセントの確率でもそれが最善の手であるのならば命をとして実行する。
 その精神力こそが――強いのだ。

 その強さを麦野は身をもって知っている。
 麦野から眼球と左腕を奪い、そしてそれを元に戻せと強く言ったあの眼を知っている。

50 : SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b)[sage] - 2011/12/21 02:04:53.42 ok0WgTkuo 9/10


 だから

「信じても、いいのかな。甘えても、いいのかな?」

 再び泣き出しそうになりながら滝壺に問いかける。
 溢れ出しそうなのは涙だけではない。伽藍堂であるはずの心の中にいっぱいに詰まっている誰かへの想いが、堰を切って溢れ出しそうなのだ。

 蝉が大声でなくのは交配の相手を探すためだ。
 自分がここにいるよ、と天地に響くように宣言しているのだ。
 そのための空洞があるとしても、きっと何も詰まってないわけではない。

 麦野の空洞は溢れ出す感情で埋めつくされている。
 埋めつくされた感情できっと宣言するのだろう。自分の思いを伝えるのだろう。

 滝壺はただ微笑んで、

 ――応援するからね?

 とだけ、はっきりした声で麦野に告げた。

51 : SS寄稿募集中 SS速報でコミケ本が出るよ(三日土曜東R24b)[sage] - 2011/12/21 02:06:20.79 ok0WgTkuo 10/10

以上です。

書き込み宣言しなかったんですがすいませんでした。
浜滝麦の前にこんな話があったんだろうなぁとつくりました
エロが無くてすいません