845 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区)[saga] - 2012/01/26 23:14:46.70 ikfEoiGx0 1/25

25レスほどいただきます
某スレに感化されて地の文で壊れギャグに挑戦してみた
どうにも壊しきれなかったのが心残り
注意事項は無駄に長いことだけです

元スレ
▽【禁書目録】「とあるシリーズSS総合スレ」-35冊目-【超電磁砲】
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1324178112/
846 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区)[saga] - 2012/01/26 23:15:38.95 ikfEoiGx0 2/25




この世界は狂っている。



「お呼びでしょうか、最大主教」

「よく来たるわね、ステイル……」


僕は時折、そんな突飛もない考えに脳裏を支配されることがある。
守ると誓った少女の記憶を止むに止まれぬ事情ゆえに抹消したら、その事情が虚構以外の何物でもなかったときた。
悲劇と悪夢に酔いしれるには、あまりに質が悪すぎる安酒だ。
そして、その安酒を僕の口に思うさま流し込んでくれた女狐を、当然ながら僕は捻り殺したくて仕方がない。
だというのに僕ことステイル=マグヌスは、当の怨敵ローラ=スチュアートと同じ部屋で仲良く顔を突き合わせた挙句に、恭しく頭を垂れているのである。
これを喜劇と呼ばずしてなんと呼べと。


「その、頼みというのは他でもなきにつき候」

「なんでしょうか」

「……いや、現状を見れば一目瞭然でしょうに、わっぷ」


しかし僕がいま現在頭を下げて握り拳を震わせているのは、なにも政治的な事情だけがすべてというわけではない。
イギリス清教主座にある権力者を、おいそれと私情で消すわけにはいかないという打算ゆえの忍耐、堪忍だけが原因ではない。
物理的に、いくら焔を振りかざしても届かない位置にローラ=スチュアートの素っ首があるからだ。
なぜならこの女狐――――

847 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区)[saga] - 2012/01/26 23:16:29.99 ikfEoiGx0 3/25











「傍観してないでお願いだから助けてステイルゥーッ!! 髪の毛の海で溺れちゃうあばばばば、おぼぼぼ」

「もわもわ ごわごわ ローラ たいへん ふさふさ きらきら あたまに もどれるかな~」

「なにをご機嫌で口ずさんでいるのかしらステイルくぅぅぅうぅぅううん!!??」


自らの頭頂部から大聖堂へと注がれる金色の海で、優雅に遊泳している真っ最中だったからだ。
僕はその情景に、某名作アニメのワンシーンを垣間見た。
青き衣をまといて黄金の野に降りたつ風使いの少女を幻視してしまい、思わず苛立ちに鼻を鳴らす。


「真顔で微妙な感慨にふけってないで早く助けて助けなさい助けてくださいお願いします」

848 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区)[saga] - 2012/01/26 23:17:08.46 ikfEoiGx0 4/25



――主教の異常な惨状 または僕は如何にして心配などハナからせず宮崎作品を愛憎するようになったか――



849 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区)[saga] - 2012/01/26 23:18:18.06 ikfEoiGx0 5/25


宮○駿監督作品には苦い思い出がある。
ジブ○アニメは、“彼女”のお気に入りだったからだ。


『よん↑じゅう↓秒で支度しな!』


きっかけは、もう何度目になるかも分からない『○ピュタ』の再放送。
肝っ玉の強いバアさんが微妙なイントネーションで主人公の少年に発破をかける、あの名シーンに差し掛かるあたりだった。
インデックスがなにをトチ狂ったのか、弾かれたようにブラウン管にかじりついたのである。
僕と神裂はおったまげて腰を抜かしそうになりながらも彼女を取り押さえた。
いったいなにが起こったのだ、とモニタに目を落とした僕らの視界で、肉汁が瑞々しく弾けた。
それで僕らはすべてを悟った。



やっっったら美味そうな骨付き肉やらチーズやらの盛り合わせをよく出してくるよね、あの監督。
つまり、そういうことだった。



驚愕の事実に呆然と立ち尽くしていると、彼女が僕の頭頂部を凝視してきた。
後で正気に戻った彼女から聞き出したところ、赤髪がミートソーススパゲッティに見えたらしい。
ちょっと泣いた。
飢えたハイエナの目つきで飛びかかられて、僕は条件反射で炎剣をブチかましてしまった。
慌てて謝ろうとしたが、『歩く教会』のおかげで彼女は完璧パーペキに無傷だった。
ちょっと泣いた。

だが、真の恐怖はこの後にやってきたのだ。


『どうしました、インデックス? 三回目の夜食まではまだ時間がありますよ』

850 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区)[saga] - 2012/01/26 23:19:00.43 ikfEoiGx0 6/25


彼女の瞳からハイライトが消えたのを見てとって、神裂が声をかけた。
有り体に言うとレイプ目である。
インデックスが心身に異常をきたしていると感じたら、真っ先に空腹を疑え。
それが当時の僕らの不文律だった。
今にして思えば、ブラウン管を埋め尽くす肉のカルナバルに理性を失っている時点で、空腹を疑うべくもないのだが。
神裂もよほど錯乱していたのだろう。

まあ、あの時は僕とて周章狼狽はなはだしかったので、彼女を責める資格などないのだと分かってはいる。
ただ時折、金曜ロードショーを見ながらクライマックスで『バルス』と叫ぶたびに、あの夜を思い出して悔しくなるのだ。


『敵性を確認しました』


ヨハネのペンちゃんことペンデックスが突如として起動し、


『第六五章第二九節。ギブミー肉』


とか言い出したあの夜。
反射的に窓ガラスを突き破って盗んだバイクで走りだしたくなった、そんな十二の夜。


(もしもあの日――――自動書記の望みを叶えて、彼女の懐柔に成功していたなら)


あるいは僕らは、禁書目録の真実に到達できていたのかもしれない。
彼女を救えていたのかもしれない。
今でも、彼女の隣で笑えていたのかもしれない。

もう永遠に届かない夢を未練がましく追っている自分に気が付いた日、僕はスタジオ○ブリが嫌いになった。
その日以来、僕は金曜ロードショーを一度も見ていない。

851 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区)[saga] - 2012/01/26 23:20:14.12 ikfEoiGx0 7/25


とかなんとか哀愁に浸っていると、甲高い声が空気を裂いた。


「ステイルはよう! はよう私を助けなさいこれは最大主教詔勅なり!!」

「うっせえなぁ」

「!?」


しょうがない、そろそろ僕も目を背けたくて背けたくて身悶えしたくなるような現実に嫌々ながら向き合うこととしよう。
差し当たっては、後で報告書にまとめなければならない可能性を考慮して現状を文面に起こしておかねば。
宮仕えとはかくも哀しきお仕事なのである。


「『聖ジョージ大聖堂の床を、壁を、天井画に至るまでを完膚なきまでに覆い隠しているハニーブロンドの荒波。驚くなかれ、その正体はなんと我らが麗しき最大主教、ローラ=スチュアート様の毛髪であった。間然、いかなる由にて斯様な事態に陥ったのかと私は聖下に――』……ちょっと文面が固いかな」


僕はつい先日、当の最大主教様から「ステイルはお固いわねー、ユーモアのセンスを磨かねば女は落ちぬわよ?」とお小言をもらったばかりである。
ありがたいご忠言を骨身に刻み、僕は懐から別の羊皮紙を取り出してこう書きつける。


「『髪長っ。ものっそ長っ。キモっ。え、なにこれマジうけるんですけど。髪止めにかけた魔術が暴発でもしたんですかローラさんwww』……こんなところか」


『必要悪の教会』のメンバーならこれで概況は伝わるはずだ。
安心と信頼のイギリス清教クオリティである。

852 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区)[saga] - 2012/01/26 23:20:53.03 ikfEoiGx0 8/25


にしてもこれは少々長すぎるのではないだろうか。
よく見れば、僕が入ってきた大扉とは別のドアが広間の反対側で開け放たれている。
そしてその向こうにも、悠々と毛髪の大海は広がっているのだ。
容積にして実に東京ドームなんちゃら杯分、とかテロップがついてもおかしくない。

話は逸れるが、僕はクイズ番組などでよく大容量の物体に対して引き合いに出される東京ドームが可哀想でならない。
なんだよ東京ドーム○○杯分って。
俺は東京ドームなんぞより○○倍凄いんだぜアピールしてるつもりなのか。
お前毎度毎度噛ませ犬にされる東京ドームの気持ちを少しでも考えたことがあるんか。
スカウターみたいな使い方して東京ドームさんに申し訳ないと思わないの?

閑話休題。


「しかしこの光景、見れば見るほどナ○シカのラストシーンそっくりだな……」

「らあー、らぁーらららんらんらん! らんっ、らんらららーん!」


朝っぱらから遣いを寄こして救出を頼んできた割には意外に余裕である。
もうしばらくこの黄金の園を眺めていようか。
っていうかさっきから僕、わりと笑いをこらえるのに必死なわけなんだが。
グーに握った両手がふるふる震える。
いっそ笑っちゃおうか。
いや、立場上さすがにそれはマズイかもしれない。
僕とてこの歳で職を失いたくはないのだから。

853 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区)[saga] - 2012/01/26 23:21:49.34 ikfEoiGx0 9/25


「で、この身体を張ったギャグはいったいどこの動画サイトにアップロードしておけばいいんですか?」

「こんな馬鹿げた真似を伊達や酔狂で私がすると思うの!?」

「うん、まあ、ねえ?」

「ねえ? ではなし! 呪いよ呪い、じゅ・じゅ・つ!! 敵性魔術以外に何があるというの!?」

「貴女の住まいたる『ランベス宮』には防護結界が幾重にも張り巡らされているじゃないですか」


王族の根城バッキンガム宮殿をも上回る全英最強の魔術結界、ランベスバリアー。
憎き女狐の寝顔に練りからしをたっぷり塗りつけてやるべく侵入を試みたことは、両手両足の指を使って上下の永久歯を総動員しなおかつ全身の毛穴をカウント要員に駆り出してもまだ足りない。


「それが、その……昨夜はオックスフォード通りのホストクラブで遅くまでカリカリチュッチュゲームに興じていたがゆえに……うっかり帰りに通りがかった公園のベンチで夜を明かしてしもうたのよ」


馬鹿かこいつ。
思わず声に出しそうになってしまった。


「馬鹿かこいつ」

「ステイルゥゥーーーーッッッ!!!?」


あ、声に出てた。

854 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区)[saga] - 2012/01/26 23:22:43.28 ikfEoiGx0 10/25


「すいませんつい本音が。さあ続きをどうぞ」

「うう……それで朝起きたら、うっぷ、髪の毛が三メートルから三ペタメートルに伸び足りていたのよぉぉ!!」


ペタ、か。
耳に心地良い響きである。
ペタなのにテラよりもビッグとはこれいかに。
背反する二律が醸し出すその背徳感こそが、世のちっぱい好きを惹きつけてやまないのだろう。
それにしてもペタメートルってどうやって計ったんだ。


「あぶ、あぼ、あ、息が呼吸が、髪の毛が鼻に詰まってぇぇぇ!?」

「それで僕はどうすればよろしいのでしょう? 肝心の大波が貴女ご自身の頭髪である以上、救命ボートを手配しても大した効果はないと愚考致しますが」

「私の、あぶ、頭に、近いところで髪を切ってくれれば、あが、あががっ…………それで、済むでしょお!」

「ははぁ。つまり、両国国技館にてその馬鹿みたいに長々い長髪にグッバイサヨナラするための断髪式を執り行いたいと。承知しました可及的速やかに手筈を整えます」

「!?」


よし、僕のなすべきは決まった。
あとは行動あるのみだ。

855 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区)[saga] - 2012/01/26 23:23:28.85 ikfEoiGx0 11/25


そそくさと携帯電話を取り出して土御門元春の番号をプッシュする。
この季節は大相撲の本場所真っただ中だった気がしなくもないが、ヤツならどうにか都合をつけるだろう。
神裂に付き合ってN○Kにかじりついてるうちに、すっかり僕もいっぱしの相撲通である。
ちなみに受信料は払っていない。
天下のNH○といえどロンドンまで取り立てには来れないということなのだろうか。
というかどうしてロンドンなのに日本放○協会の電波がガンガン入るんだろうか。
頭おかしいんじゃないのか。


『さすがはエドワード=アレキサンダー社が世界に誇る最新技術「滞空回線」なのよな……』


このシステムをイギリス清教女子寮と男子寮の双方に完備させた建宮がぶつぶつ言っていたが、科学技術に疎い僕にはそのあたりがとんとわからない。
わからないったらわからない。
わかんないっつってんだろ。


「ちょっとステイル待ちなさい」


おっと、またしても意識が逸れた。
そんなことよりTELTEL。


「もしもし土御門かい?」

856 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区)[saga] - 2012/01/26 23:24:01.52 ikfEoiGx0 12/25


『よーう。そっちの事情はバッチリ把握してるぜい、ステイル』


さすがはイギリス清教屈指の地獄耳、話が早い。
ちょっと出来すぎなぐらいに話が早すぎる気はするけども気にしない。
鬼ばかりの浮世を渡っていくためには、この程度の処世術など必須装備である。


『イギリス清教の美人最大主教が仏教に帰依、剃髪式完全生中継! って筋書きでテレビ局を動かしておいたにゃー』

「ちょっと待ちなさいと言うているでしょおおおおぉぉぉおおお!!!!」


電話口から漏れる声にローラ=スチュアートが反応を示すことが叶ったのは、僕がうっかり手を滑らせて携帯のスピーカーモードをオンにしてしまったからだ。
さらに手首の関節をコキコキ鳴らしている間にマイクが彼女側に向いてしまったせいでもある。
偶然って恐ろしい。


「土御門元春!? あなたその異常に素早い対応はいったいいかなる由にて!?」

『それもこれも全部アレイスター=クロウリーって奴の仕業なんだ』

「土御門ぉぉ!? 貴様もしや、私を裏切って彼奴の謀の片棒を担いだのね!?」


毛髪を1,000,000,000,000,000倍の長さにする呪いねえ。
確かに世界最強最高と称された魔術師にしか真似できない芸当だろう。
なんといってもスケールが段違いである。
まあ、逆に言えば段違いなのはスケールだけなのだが。

857 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区)[saga] - 2012/01/26 23:24:54.25 ikfEoiGx0 13/25


「ええい、アレイスターといい土御門といい貴方といい、私になにか恨みでもあるのかしら!?」


どの口がほざくか。


「強いて言えば、三次元上に存在しているというその事実が罪深すぎるんじゃないですかね」

『二次元に落としこめばちったぁ見られる面にはなるかもにゃー』

「これでも顔には自信があるのよ!?」

「冗談は顔と年齢だけにしてください」

「年齢は如何ともしがたいのだけれども!」

『あ、そうだ。アレイスターから伝言だぜい、最大主教聖下』

「そ、そうだったわ! あの逆さクラゲ、いったい何が目的でこんなイヤガラセを! 事の次第によっては清教派の全戦力を学園都市に差し向けても構わないのよ!?」


そうなる前にクーデター起こすわ。
ブリテン・ザ・うんぬんとか小粋でスタイリッシュな作戦名付けるわ。
何が悲しくて頭髪が引き金になった戦に参加せねばならんのだ。
後世に『毛根戦争』の参加者として名を残すのだけは御免被りたい。

858 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区)[saga] - 2012/01/26 23:25:44.63 ikfEoiGx0 14/25


とはいえ、真実何がこの事件の裏側で動いているのか、僕も興味がある。
仮にも友好勢力たるイギリス清教のトップに、学園都市のトップが直々に呪詛をかける理由とは一体……?





『百年前に貸した「法の書」はよ返せ、だとよ』





「…………」

「…………」

「……スケールのデカイ借りパクですね」


そもそも『法の書』の原典はヴァチカンの図書館に収められてるんじゃないのか。


「私は悪くぬぇーっ! ローマ教皇がどうしても読みたいと言うから貸してやったのよ!」


借りパクした上にまた貸しとか中学生か。
DQNか、DQNなのか。
BOOK‐OFFに売り払われるよりはマシだと妥協せざるを得ないのか。

859 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区)[saga] - 2012/01/26 23:26:17.14 ikfEoiGx0 15/25


「そしたらあのクソジジイ、六十年経っても返しやしない!」


クソジジイ、と言うのは前ローマ教皇マタイ=リース聖下のことだろうか。
彼と眼前のクソババアに個人的な繋がりがあったとしたなら驚きだ。
彼ほどの聖者でさえも、探せば欠点の一つぐらいは見つかるという証明になるのだから。


「そればかりかあら不思議!」

「ふむふむ」

「いつの間にやら『法の書』は、ローマ正教の所蔵品になっていたのよ!」

「要するに?」

「ローラ悪くないもん!」

「帰ります」

「あぁん待って」

「キショイ声出してんじゃねえよ、歳を考えろ」

「!?」

860 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区)[saga] - 2012/01/26 23:26:52.73 ikfEoiGx0 16/25


土御門との通話を切り、くるりと踵を返して真後ろの大扉に手をかける。
途端に毛髪がうねうね、床面を這って迫ってきたのでイノケンティウスを出して威嚇しておいた。
なぜ人髪が意思を持つかのように整然とした撤退行動を取れるのかは考えないことにした。
わからないことは考えないに限るってばっちゃが言ってた。
どのみち、間もなくこの部屋を去る僕にとっては取るに足らない些事だ。

扉がゆっくりと開いていく。
毛髪が視界を埋め尽くさない光景とはかくも素晴らしいものだったのか。
頭頂部に並々ならぬコンプレックスを抱く方々に心の中で頭を下げながら、僕は髪の御座からの脱出を果たした。






「待ちなさい、ステイル」


――――と思われた、その時。


「それでは、取り引きをしましょうか」


首だけで振り向いた僕は、満面の笑顔を目撃した。

861 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区)[saga] - 2012/01/26 23:27:42.33 ikfEoiGx0 17/25


僕は知っている。
ローラ=スチュアートが浮かべる胡散臭い笑みには、いくつかの種類がある。
例えば己が劣勢を、身を切るがごときスリルとして受け入れ、楽しんでいる時。
良からぬ企みを四方に張り巡らせ、獲物がかかるのを待ち受けている時。
その企てが万事滞りなく進んだ結果得た成果を、今まさに頬張らんとしている時。

しかし目下彼女が顔面に張り付けた微笑は、そのいずれにも合致していない。
あれは、あの表情は――――


「あなた、“あの子”の笑顔が欲しいでしょう?」


幼子が蟻の巣に濁流を流し込んでいる時のような、無邪気な破壊衝動に身を任せている顔だ。

僕は即座にすべてを悟り、同時に戦慄した。
この女はとんでもないワイルドカードをこの局面まで隠していた。
どんぶらこどんぶらこと毛髪の波に流されながら、それでもローラ=スチュアートは優雅に淫靡に笑う。
豊満な肢体のラインがくっきり浮き出る、薄桃色の聖衣の内側を艶めかしい指先が弄る。
取り出したるは、ステイル=マグヌスの牙城を突き崩す最大最強の破城鎚。


「朝食時、昼食時、夕食時……あの子が最高の笑顔を浮かべたりてるのはいつだって、豊穣の神に向かって稔りもとい祈りを捧げておる、この一瞬よねぇ」

「き……さ、まぁ…………っ!!」

「ねえ、ステイル……?」


聞くな、これは悪魔の誘惑だ。
悪魔どころか魔界大帝クラスのテンプテーションだ、決して魅入られてはいけな

862 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区)[saga] - 2012/01/26 23:28:23.18 ikfEoiGx0 18/25





「一年分、三六五枚セットで手を打たないかしら?」




ごっ、がぁぁぁぁっぁぁあああぁぁ!!!!! 僕は飛んだ。スイーツ(笑)


「ぜぇっ…………はぁ、はぁああぁああっ、ぐっ」


物理的にではない、精神的にトビかけた。
いやまあ、物理的にも十メートルぐらいは飛んだ気がするけれど。
わずかに残った頭髪に占拠されていないスペースに向かって吹っ飛んだ挙句、天井にしこたま頭をぶっつけた気がしないでもないけれど。
とにもかくにもあの女狐、トンデモない爆弾を投下してきやがった。


「ほぉれ、これなんてどうかしら? 一月ぶりの牛肉を前にして涎を押さえられなくなりしインデックスちゃんよぉ」


――――写真ッッッ!!!!


それもただの写真ではない。
インデックスの、僕が守ると誓った少女の、一番守りたかった表情を余すことなく網羅した写真の数々……ッ!

863 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区)[saga] - 2012/01/26 23:29:49.87 ikfEoiGx0 19/25


エロスという領域からは完全に隔絶された、次元の異なる美しさがインデックスの魅力だ。
向けられる先が上条当麻でさえなければ最高だったのに。
イノケンティウスを可翔式に改造して学園都市へとICBMのごとくブチ込みたい衝動が腹の底で煮立つ。
本当に、写真一枚のために強盗だってやりかねな…………っっ!

そうだ、その手があっ


「『殺してでも うばいとり』たいのなら止めておきなさい。私が死ねばこの写真は、自動的に禁書目録を狙う魔術結社どもの目に広く触れるよう手配してある」


ゾクリ。
脊髄の内側に氷水を注がれたような寒さが走った。
この女は、僕の二手先を行っている。


「さすればその後何が起こるか、想像は付くわね?」

「聖戦(ジハード)……ッッ!!」


あの写真に接して正気を保っていられるのは、仙人か隠者かホモか上条当麻ぐらいのものだ。
そんな代物を、ただでさえ元から狂人揃いの魔術結社に触れさせてしまえば――――


「ふ……ふざけるなよ……! そんなことをしたら……戦争だろうがっ……!」


本当の意味(ロリコン的な意味)でのインデックス争奪戦が起こる。
彼女が享受しているささやかな平穏は、氷が融けるように綺麗さっぱり消え失せる。

864 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区)[saga] - 2012/01/26 23:31:03.19 ikfEoiGx0 20/25


このままでは詰む。
逃げ穴を塞がれる。
早急に手を打たねばまずい。
考えろ、ステイル=マグヌス。
お前は持たざる者のための技術(まじゅつ)を修練した弱者だろう。
弱者なら考えろ、脳神経が焼き切れても構わない、フルスロットルで思考を回転させろ。

……あの写真を魔術世界に流す手筈が整っているとうのは、ハッタリの可能性が濃厚だ。
よしんば事実だったとしても、彼女を魔術結社のクソッたれどもの釣り針にするような危険な真似はローラ=スチュアートとて、それこそ『必要悪の教会』内でクーデターでも勃発しない限りは切りたくないカードのはずだ。

つまり、だ。
今ここで僕が冷静に、毅然たる態度で女怪の誘惑を跳ねつければ、最悪の事態は避けられ……


「……私には、このような選択肢も残りておるのよ?」

「あ……ッ! よ、止せっ!!」


ビリ、と音がした。
見れば女狐の両手が一枚の写真をつまんで、外側に向けて軽く力をかけている。
彼女の花の咲くような無邪気な笑顔に、今まさに微細な亀裂が走ろうとしている。
ローラ=スチュアートがその気になりさえすれば、インデックスの世界はいとも容易く引き裂かれる。
そう、暗に囁かれたような気がした。
ゆえに僕はみっともなく、懇願じみた悲鳴を上げるしかなかった。


「ふふ……止めてほしくば私を救ひなさい。っていうか真面目な話、いい加減この姿勢苦しいし腰にくるし、わりと真剣に助けてほしいんですけど」


どうする、どうすればいい。


「いや、だから早く助けてってば」

「それが嫌だから悩んでるんでしょうがこのヒョーロクダマ」

「逆ギレ!?」

865 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区)[saga] - 2012/01/26 23:32:00.15 ikfEoiGx0 21/25


祈りを捧げる子羊よろしく、僕は目を瞑った。
人事は尽くし果たし、最後はもはや神に祈るしかない。
そうして闇に身を委ねた僕の脳裏をよぎったのは、起死回生の妙手――――ではなかった。


『今日のごはんはなーにかなっ』


懐かしい声が聴こえた。
それは日本の小汚い学生寮の一室で、ウニ頭野郎のお財布ダイエット大作戦に日々貢献している天使のような悪魔の笑顔――――でもなかった。
まざまざと瞼裏に蘇るのは、記憶の果ての“あの子”の笑顔だった。

朝食を神裂と三人で囲んだ時の笑顔。
レストランでランチはどうしようか、とメニューを覗きこみながら胸躍らせている笑顔。
神裂が腕を振るってくれた『ワショク』とやらを、行儀よく待っている時の笑顔。
ホットドッグ早食い選手権で見事優勝した時の、ケチャップに塗れた輝かんばかりの笑顔。
ハンバーガーを口いっぱいに頬張っている時の笑顔。
イタ飯を猛スピードでかっこんでいる時の笑顔。
フィッシュ&チップスを咀嚼している時の笑顔。
詰め込みすぎて洗面所に駆けこむ時の笑顔。
スッキリした風情で戻ってきたときの笑顔。


何もかもが、僕にとってはかけがえのない宝物だった。


そうだ、僕には思い出があるじゃないか。
今さらなにを薄っぺらな写真の五枚や十枚や百枚や三六五枚に揺らぐことがある?
心のアルバムに仕舞われたオンリーワンの笑顔があれば、もう他に望むものはないだろう。

866 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区)[saga] - 2012/01/26 23:32:41.64 ikfEoiGx0 22/25


両の目を力強く見開いた。
呼気を大きく肺に取り込み、僕は揺るぎなき信念に裏打ちされた勝利宣言を


「バスタブの中でうつらうつらしてる時の写真もありぬるのだけれど」

「この身命に懸けてお助けしますゆえ暫しお待ちを最大主教聖下」












負けた。
貧しさに負けた。
いいえ、世間に負けた。
しかし不思議とすがすがしい心地だった。
闘い終えてのちに笑顔でいられることを指して勝利と呼ぶのならば、これはステイル=マグヌスにとっての勝利に相違なかった。

867 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区)[saga] - 2012/01/26 23:35:17.51 ikfEoiGx0 23/25


「あぁ、頭が軽いとはいと幸せなことね」

「その方が夢を詰め込めますからね」

「頭蓋骨の中身の話じゃねーよ!」

「どうどう、キャラが崩れてますよ。あと化粧も」

「……はぁ、まあいいわ。それにつけてもアレイスターめ、覚悟はできたりているでしょうねぇ……! フサっていいのはフサられる覚悟のあるヤツだk」

「そんなことよりとっとと約束のブツを頂けませんか」

「せっかく人がキメ顔で良い台詞を言おうとしていたのにぃ」


胸を押し付けるな息を吹きかけるな顔が無駄に近いんだよババア。
第一その台詞もパクリだろうが。


「んもう、せっかちなのだからステイルは。ほれほれ、これがそうよ」


女狐は懐から一枚の封筒を取り出した。
有無を言わさずひったくり、逆さまにして振る。


(インデックス……哀しい再会になってしまったね……)


飛び出してきたのは確かにローラ=スチュアートの宣言通りの一枚だった。
湯船に全身をすっぽり収め、幸せそうに大口を開けて欠伸などしながら、今にも睡魔に負けて眠りに落ちそうな――――

868 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区)[saga] - 2012/01/26 23:36:38.41 ikfEoiGx0 24/25










パジャマ姿の上条当麻が、しっかりバッチリ四角いフレームに収まっていた。









ロンドン・サザーク地区の一角で轟と火の手が上がり、イギリス清教の根拠地たる大聖堂がドカンと爆発を起こした。
何事かと集った野次馬どもを尻目に、怒り狂う神父とアフロヘアーの最大主教による死を賭したトムとジェリーごっこが始まる。
聖堂を埋め尽くす大量の謎の繊維質に燃え移った炎は、それから実に七日七晩、煌々と霧の街を照らし続けたという。


のちの『火の七日間』である。


――――END

869 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区)[saga] - 2012/01/26 23:37:37.52 ikfEoiGx0 25/25


なんだコレ
長々とお目汚し失礼しました
ガチホモはもうちょっと待ってください
え? 待ってない?