895 : 美鈴「バントラインを抱きしめて」[sage] - 2012/09/18 22:25:36.75 NfvPy0BYo 1/22

投下します

一応直前のやつの続きですかね


関連
美鈴「ドルバッキーを聞きながら」
http://toaruss.blog.jp/archives/1043996982.html

元スレ
▽【禁書目録】「とあるシリーズSS総合スレ」-37冊目-【超電磁砲】
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1334385245/
896 : 美鈴「バントラインを抱きしめて」[sage] - 2012/09/18 22:26:20.32 NfvPy0BYo 2/22



(うわ、やっべー。主婦としての力量の差を様々と見せつけられている気がするわ)


 上条宅、リビング。

 十畳ほどの空間に置かれた四五人で囲めるテーブルの上。
 向き合う形で置かれた食器。

 深皿にはよく煮込んだだろうビーフシチューが。
 その隣には小さなバスケットに置かれたフランスパン。
 ガラスの器には綺麗に盛られたグリーンサラダ。

 まずは一口と頂いたビーフシチューの味深みに御坂美鈴はプライドがガラガラと崩れていく音を感じた。
 長時間煮込まれた筋肉と野菜とが生み出す味わいのハーモニーが形容のしようのないコクとなって舌の上に広がる。
 材料を火にかけて市販のルーを混ぜればできる味ではないことは一瞬で理解できた。
 大きめにカットされた牛筋肉は正しく蕩けるように柔らかく、丁寧に面取りした人参もブロッコリーも優しい味だ。
 コラーゲンたっぷりとかそういうこと関係なしに美味しい。


「お口にあうといいんですけど」


 先ほどの乾杯で傾けたワイングラスを揺らしながら鈴を転がすように上条詩菜が笑う。

 女子高生、いや場合によっては娘と同じ女子中学生にすら見える若々しさを特に努力もなく維持している少し年上の女性に美鈴は敗北感を認めた。
 口を切ったばかりのフルーティなワインをゆっくりと紅い口元に運ぶ姿は実に優雅で洗練されていて不自然さなど何処にもない。
 美鈴も飲んだするりと喉を通るアルコール度数低めの白さが実に似合っていた。

897 : 美鈴「バントラインを抱きしめて」[sage] - 2012/09/18 22:26:46.17 NfvPy0BYo 3/22



(あれか! いつも飲んでるお酒がワインかビールかの差なのか!)


 美鈴はアルコール好きである。
 しかし純粋な酒の味を楽しんでいるというよりは酔ったあとのふわふわした感覚を楽しんでいるきらいがある。
 勿論ビールがワインに比べて劣っている酒だとは寸分たりとも思わないが高級感にはどうしても差がある。

 庶民の酒であるビールは優雅に味わうという概念があるものではない。
 だがらその分の経験値が違うのだ。


「よかったらパンも召し上がってくださいな。上手く焼けていればいいんですけれど」


 続く詩菜の何気ない一言にさらに美鈴は打ちのめされる。
 最近では家庭でもパンを焼成するのは珍しい行為ではないがこんなに本格的なフランスパンは美鈴には作れない。


 あれかー、確か美琴ちゃんの学校だとこういうのもやってたわね。


 そう思いながら一口大にちぎったパンのかけらに北海道産だというバターをつけて口に運ぶ。

 表面はぱりっとした歯ごたえ。
 それでいながら内側はもっちりしっとりしていてバターの塩気と小麦の香りがして非常に味が良かった。

 これがフランスパンだというのならば美鈴がこれまで食してきたものは随分と粗悪品だったということになる。
 ホテルでの一品に負けない、いや、それを遥かに上回るパンを手作りした、と聞かされて美鈴はもう乾いた笑いを浮かべるしかなかった。

898 : 美鈴「バントラインを抱きしめて」[sage] - 2012/09/18 22:27:16.85 NfvPy0BYo 4/22



「あらあら、お気に召しませんでした? 刀夜さん好みの味付けで覚えてしまってますのでお口に合わなかったらごめんなさいね」

「いえいえ! すっごく美味しいです。
 ただ勝手に主婦としての敗北を味わってただけです、あはは」


 眉を顰めた詩菜に大急ぎでフォローするも、かえって言葉が虚しく響く。
 ただでさえ詩菜の若々しすぎる肉体には屈服した感情を抱いている美鈴だ。
 料理でも大きく差をつけられてしまっては女として完全敗北となってしまう。

 それだけではない。
 ワインを口元に運ぶ、その仕草だけでも上品さを醸し出している所作の美しさにも心折れていた。

 夫の収入だけならば負けていない。
 詩菜の夫の刀夜も相当のビジネスマンらしいが会社員であっては所得は自然と頭打ちになる。
 どう考えたってフリーランスで軽く世界を回っている旅掛の方が稼いできている。

 そういった狭い下品な了見で、そして絶対に確実な基礎を元にして考えれば、経済的な収入の問題ということではない。
 常日頃の心がけの違いということになる。
 詩菜がどういった実家で育ったかは聞いていないが、まさかワインの飲み方まで躾したということはあるまい。

 まるで缶ビールそのもののように、冷蔵庫から出してどんどん微温くなって味わいが落ちていくような、自分がそんな存在であるかのように美鈴は感じた。
 ワインは時が経てば経つほどに熟成されていって味わいも深くなるがビールにはそういうことはない。

 鮮度が命だ。

 そして自分はどう考えても女としては下り坂にいる。
 一緒にプールに入っているときいつも思う。
 必死にシェイプアップして現在の体型にしがみついている美鈴と自然とその状態をキープしている詩菜。
 一見同じような若さに見えても一気に劣化するのはどちらが早いかはもはや決定的だ。


(わぁー、やばい。凹むわー)


 楽しい時間にするつもりだったのだが気分がどんどん落ち込んでいく。
 まずい、これは誘ってくれた詩菜に申し訳がない。

899 : 美鈴「バントラインを抱きしめて」[sage] - 2012/09/18 22:27:49.51 NfvPy0BYo 5/22



「それにしても美味しいですわ。こんな料理を食べられるなんて上――刀夜さんは幸せですわね」


 日頃使わないような奥様言葉で、しかも上条を刀夜に言い直して美鈴が方向性を強引に変えた。

 元々そのつもりで来たのだ。

 勢いつけのためワイングラスを取る。
 口当たりのいいワインがさらっと喉を通る。

 爽やかな味わいなのに濃厚なビーフシチューに負けないそれが胃の腑に収まる頃には美鈴はなんとか自分を立て直していた。
 だが選んだ言葉はあまり良いものではなかったようだ。


「刀夜さん、ですか。最近帰り遅いんですよね。まぁ、浮気をする人ではないんですけれども、こう、とても女性の好意を惹きつけやすい体質なものですから。
 仕事で忙しいと頭で分かっていてもどうしても感情が不安定になります。
 学生時代の頃からなんで慣れてはいる、はずなんですけどねぇ」


 整った顔に影を落として詩菜が言う。

900 : 美鈴「バントラインを抱きしめて」[sage] - 2012/09/18 22:28:15.94 NfvPy0BYo 6/22


 息子であるところの上条当麻のフラグ体質については娘の美鈴からよく聞いている。詩菜の言っている意味の検討は付いた。
 いい子だろうとは思うけれども彼と付き合うことは相当に疲れるだろうな、と常々娘の恋路を勝手に想像しているため思考は簡単に転換できる。
 自分だってひとりの女として旅掛がほかの女に色目を使われたりしたら機嫌が悪くなる。

 急に詩菜が歳相応に草臥れた女性に見えてきた。

 が、それも一瞬のこと。
 まさに光の加減が変わったように若々しさを取り戻す。


「まぁ、根が真面目でお人好しで、正義感が強くて、我も強くて自分を曲げない。
 そういう人でもありますので本当に信用はしてるんですけれどね?」


 少女のように茶目っ気たっぷりでウインクされて、美鈴の心臓が一瞬跳ね上がった。
 どきん、とまるで恋する乙女のような昂ぶりを感じてしまう。


(あ、あれぇ? あれぇぇ?)


 ちょっとした仕草で、それこそ指一本だけでゾッとする程の色気を醸し出す。
 そんな光景は何度も見てきているし、恐らくは実践してきた美鈴だったが今回のこれは格段だった。
 淡水の清流の、細かい砂地が光を反射して水底に金色の光を煌めかせているような、確かにそこにあるのだけれども絶対につかめない美しさ。
 ワインのせいもあろうか、夫を鹹かった楽しみも残っていたのか、美鈴はどんどん頬が赤くなる自分を明確に自覚していた。


(うわぁ、当麻くんってこの人の子でもあるのよね。大変よ、美琴ちゃん。お父さんのDNAだけじゃないわよ、彼は)


 心の中で娘と会話する。
 顔を真っ赤にして両腕を振り回して大声を上げて否定しているのは娘なのか自分なのか。

901 : 美鈴「バントラインを抱きしめて」[sage] - 2012/09/18 22:28:46.64 NfvPy0BYo 7/22



「あらあら、少し顔が赤いですわ。お酒には強いと伺っていたのだけれども」

「あはははは。ちょっと緊張しているのもあるかもしれませんね。詩菜さん、お綺麗で」

「嫌だわ、揶揄うのはよしてくださいな。そんな意地悪をするのでしたらもっとワインを召し上がっていただかなくてはなりませんね」


 いつの間にか中身が半分に減っている瓶が自分の浅ましさを象徴しているようで少しばかり恥ずかしさを覚える。
 それでも注がれたワインはとても美味しい。

 濃口の料理には赤ワインがあうのだという思い込みがあったがフルーツワインでも意外と悪くない。
 これはきっと高級なものだからなのだろう、という検討はついたが高級さを理解できない自分の経験不足を美鈴は呪った。


「シチューもよろしかったらおかわりしてくださいね」


 アルコール以外の節制を心得ている美鈴だが今回ばかりは素直におかわりする。
 二杯目は最初の衝撃と敗北感がなかったからか、心の底から美味しいと思えたが流石に平らげる頃にはお腹がいっぱいになっていた。

 食事が済む頃には既に瓶は空になっていた。
 二人ともほんのりと頬が赤い。

902 : 美鈴「バントラインを抱きしめて」[sage] - 2012/09/18 22:29:15.60 NfvPy0BYo 8/22



「もう少しお付き合い願えるかしら」


 食器の片付けを手伝って、テーブルが平らになると詩菜は台所から新しいワインを取り出した。
 膝まづいて床の蓋になっている部分を開けると何本ものワインが収納されている。
 詩菜はその中から紫外線対策にダークブルーに染められてある一本を選び出す。

 エチケットの下の方に書いてある西暦は十数年前だった。
 その雰囲気だけで高級なものだとわかる。


「実は、ちょっと特別なワインです。価値があるとかそういうのではないんですけどね」

「え、でもそんなものを」


 遠慮する暇も与えず、半ば強いるような形で美鈴は詩菜に座らされる。

 今度は食卓の椅子ではなくリビングのソファだ。
 前に膝の高さ程度のガラスのテーブルがある。

 正直ベルトが窮屈になってきた美鈴はこんなに頂いていいのだろうか、とカロリーと遠慮というものについて考える。
 その一方で「ちょっと特別なワイン」にも興味が湧いている自分もいる。

 元々アルコール大好き、ビールの妖精さんに世界をあげてもいい、と思っている美鈴である。
 強引すぎる流れに逆らう気力をなくしていた。

 それに、詩菜も淋しいのかもしれない。
 子供は強くたくましく育っているけれども自分の手の届くところにはいなくて夫は仕事で忙しい。
 その気持ちは同じ境遇の人間としてとても良くわかる。

903 : 美鈴「バントラインを抱きしめて」[sage] - 2012/09/18 22:29:44.12 NfvPy0BYo 9/22


 程なくして詩菜が丸いお盆に細々なものを乗せてやってきた。
 新しい飴色の二つのワイングラス。
 小料理屋で出す突き出し用の器に盛られた三種の前菜。


「これはトマトを煮込んだものを寒天で固めたトマト豆腐、こちらは梅肉を挟んだ胡瓜、最後に生ハムです。
 あらあら、見事に赤系等ばかりになってしまいました」


 音もなくグラスと器を並べた詩菜がすっと美鈴の隣に座る。
 先ほど心臓が高鳴った副作用なのか、詩菜の体温と体臭を感じて美鈴の大きな胸の中で何かが疼いた。


「さ、乾杯しましょう?」


 詩菜は手にしたボトルを傾けて美鈴のグラスへとワインを注ぐ。
 足の長い、そして香りを広げるために懐の広いグラスの底に、本当に血の様に赤いワインが貯まる。

 同じく自分のグラスにワインを注いだ詩菜がグラスの足を持った。

 台に置かれたワインのボトルが緑色の光を発している。


「本当ならデキャンタするべきなんでしょうけれども、私苦手なんですよね。申し訳ありません」


 デキャンタってなんだ? 確かアルコールランプでワインを温めることだったような。

 ワインの知識などその程度しかない美鈴は愛想笑いを浮かべながらグラスを持つことしかできない。

904 : 美鈴「バントラインを抱きしめて」[sage] - 2012/09/18 22:30:25.52 NfvPy0BYo 10/22


 軽くグラスをあわせて、薄いガラス同士が互いの衝撃で高い音を立てる。
 澄んだ音が部屋に響き渡る前にグラスを唇に運ぶ。
 あ、っと思うぐらいに芳醇な香りが鼻腔をいっぱいにした。
 口の中でもふわっと広がる酸味とコク、そして淡雪のようにそれが消えたあとも舌に残り続ける上品な苦味。

 先ほどのワインも美味しかったがこれはそれ以上だ。
 いつも飲んでいる缶ビールはいったいなんなんだと言いたくなる。
 同じアルコールだとしても、いや、きっとビール会社も努力に努力を重ねてあの味にたどり着いているのだろうけれども。
 この感動力、とでも言うべき衝撃は初めてのことだった。

 美鈴の語彙ではとても味を表現することは不可能だった。


「ああ、やっと、という感じです……」


 詩菜がすっと目を瞑る。
 味なのか、それ以外の何かなのか、どうやら美鈴以上に心が震えているらしい。

 実際、グラスをテーブルに置いて膝に揃えられた両手が小刻みに震えている。


「これは、このワインは……産んであげられなかった娘の、誕生年のワインなんですよ……」


 小さな、とても小さな、それでいてはっきりと伝わる声。

 美鈴はあっと気を奪われる。
 貴重なワインをなぜ自分に、という疑問すらも忘れていた。


「私、流産しましてね。本当なら当麻さんの妹になるはずの子を流してしまった。
 産まれていれば美琴さんと同い年だったはず。
 もう十年以上も前の話ですけれども、どうしても忘れられないんです」

905 : 美鈴「バントラインを抱きしめて」[sage] - 2012/09/18 22:30:54.57 NfvPy0BYo 11/22



 つぅ、と詩菜の瞑った目から涙が零れた。
 それが次々と頬を伝っていく。


「刀夜さんはとても優しくしてくれます。当麻さんは小さすぎて覚えてなんかいないのでしょう。
 それでも、それでもね。どうしても、辛い時があるんですよ。
 でも言えなかった。
 この痛みはきっと男の人には理解できないから」


 ぽたり、ぽたりと詩菜のスカートに黒いシミが大きく広がっていく。
 それを唖然としながら美鈴は眺めていた。

906 : 美鈴「バントラインを抱きしめて」[sage] - 2012/09/18 22:31:20.94 NfvPy0BYo 12/22



「それは、その……なんていうか……」


 先程も感じた語彙の不足に美鈴は自分を殴りつけたくなる。
 お腹に子供がいる幸せと不安。そしてそれをきちんと成し遂げられなかった時の絶望。
 美鈴は妊娠したことは一度だけで、その一度で美琴を出産しているため流産の経験はない。

 それでもその恐怖に怯えていたことはある。

 どうしようもないのだ。
 この現代の日本ですら六分の一の確率で流産する。
 もう個人の努力でどうこうできる問題ではない。
 だからと言って産み落とすことのできなかった母の無念が軽くなるわけではない。


「ごめんなさいね。楽しい時間にする約束でしたのに。でもね、どうしても美鈴さんに聞いて欲しかったんです」


 そうしてほろほろと泣き崩れる詩菜。
 何もかも満ちてりいて何もかもを持っている。
 そう思っていた彼女のあまりにも脆い部分を見せられて美鈴は呆然としたまま口をつぐむしかない。

 ただ、そっと詩菜の背中に手を回して引き寄せる。
 奥歯で咬み殺すように、それでも漏れる嗚咽と熱い涙とを感じながら美鈴はしばらくただ優しく抱き続けた。

907 : 美鈴「バントラインを抱きしめて」[sage] - 2012/09/18 22:32:14.19 NfvPy0BYo 13/22



「ごめんなさい、本当にごめんなさい。ここまでしていただくつもりはなかったんですよ」


 やがて、目を赤く泣き腫らした詩菜が恥ずかしげに笑いながら歯を見せた。
 くすぐったくなりつつも、美鈴は詩菜との距離が一気に縮まったことを感じる。
 アルコールの性もあろう、極端な行為で空間が壊れたこともあろう、幾分か砕けた空気が二人のあいだに流れ始めた。


「失礼ですけど、美鈴さんはもう美琴さん以外のお子さんを産むつもりは?」

「まぁ、その気はあったんですけどね。なんとなくタイミングを逃してしまいまして」

「今からでも十分間に合うのでは?」

「そんなに若くはないです、流石に」

「あらあら。私のほうが美鈴さんより年上ですのに。酷いことをおっしゃりますね」


 ころころと笑う詩菜の姿に美鈴はホッとする。

 一方、ワインも美味しく楽しんでいた。
 だんだんアルコールが回って頭がぼうっとしてくる。

 常日頃ならばここでテンションが上がって周囲に迷惑をかけまくるのだが、酒の質が違うのかそういう気分にはなれない。
 ただ、ふわふわとしていて気分がいいだけだ。


「詩菜さんこそ、外見は私より遥かに若いじゃないですか。
 正直、自分でも年よりは若さを保っている自信があるんですが詩菜さんの前だとそういうの全部吹っ飛んじゃうんですよね」

「ふふ、お世辞が上手ですこと」

「お世辞なんかじゃありませんって」


 実際お世辞なんかではない。
 後ろ姿など女子高生と見間違えるほど若々しい肉体を持っているこの女性は存在そのものが反則的だと美鈴は思う。

 内面的にはともかく外見的には現役女子大生として二十前後の娘たちと十分に混ざれると自負している。
 だが、赤く腫れた目とほんのりと紅をさした頬と、そして細い指をグラスに絡ませる仕草との大人と子供のアンバランスをすべて成立させつつも若々しいという矛盾には勝てそうもない。

 そして女の美鈴でも心ときめいてしまうような色気。
 若々しい肉体と大人の女としての武器をすべて搭載しているのは本当に反則そのものだ。

908 : 美鈴「バントラインを抱きしめて」[sage] - 2012/09/18 22:32:56.63 NfvPy0BYo 14/22



「私、子供の頃は妹が欲しかったんです。ずっと、ね。
 結婚してからは娘が欲しかった。
 当麻さんに不満があるわけではないんですし、そもそも神様が決めることですから努力でどうにかなるものではないんですけど。
 でも、やっぱり娘が欲しかったんですよね」


 だから、と詩菜が美鈴に身体を寄せてきた。
 思わず顔が別の意味で赤くなる。


「美琴さん、うちに下さいません?
 あの子、当麻さんのこと、憎からず思っていらっしゃるでしょう?」


 砕けた空気の中、美鈴の表情が一瞬固まる。
 酒の席の冗談だとしても親同士が約束した、となれば美琴はどう思うだろうか。

 嫌がりはしないだろうが、反発するかもしれない。
 下手に藪をつついて娘の恋路を邪魔する可能性もそれなりにある。


「私にはなんとも。美琴ちゃん、はっきり言って恋してる顔はしてますけれど、こればっかりは」


 あらあら、と肯定するのか否定するのか曖昧な答えをして、詩菜がうっとりとした目をした。

 自分の息子と美鈴の娘とが仲睦まじい様子でも想像しているのだろうか。

 しかし、上条当麻には一緒に住んでいる子も確かいたはずだ。
 その子と彼とはどういう関係なのだろう?

 胸の中で苦笑いを、そして表情には愛想笑いを浮かべながら美鈴は娘のことを考える。
 頑張って、ぶつかって、もしダメだったら慰める。
 きっとそれが親の役目なのだろうな、なんて。

909 : 美鈴「バントラインを抱きしめて」[sage] - 2012/09/18 22:33:22.53 NfvPy0BYo 15/22



「でもいいですわね、若いって」


 恍惚の表情のまま詩菜が言う。
 上記した頬とワインの芳香を纏う吐息が艶かしい。


「そうですね。やっぱり青春っていうんですか。私も若い時代に戻りたいなぁ」


 実際に日常として若人に囲まれていると自分の年齢を確認してしまう。
 鮮やかなルージュと黒いエナメルでは充填できない女としての価値。

 宙ぶらりんだな、と美鈴は思った。


「美鈴さんのことですよ。ほら、こんなに若いじゃないですか。ほっぺたなんてスベスベで」


 肩と肩とが触れ合う距離で詩菜が美鈴の頬を撫でた。


「お肌のハリでは到底かないませんね」


 と言いつつも詩菜の手には小皺ひとつない。
 目元口元も若々しい。
 くすみが浮かんでくる肘や膝だって綺麗なものだ。

910 : 美鈴「バントラインを抱きしめて」[sage] - 2012/09/18 22:34:00.19 NfvPy0BYo 16/22



「美鈴さんって可愛いですね」

「はい?」


 久しく言われていない単語に美鈴は動揺した。
 若いとか綺麗だとか美人だとか、そういう言葉は耳にしているけれども、「可愛い」は随分と久しぶりのような気がする。

 大人の階段を上る途中でどこかで置き忘れてきたような言葉。
 確かに夫相手に「可愛いなぁ」などと思うことはあっても自分自身がそう思われるというのは想定の範囲外だった。

 大学の同級生の中にはロリータ系のファッションをしている子もいるが、それはその年齢でもぎりぎり許されるかどうかのものであって美鈴には到底許されない。
 正直、羨ましいと思いつつもどこかで反発を覚えてもいた。

 それが、詩菜のすっと染み込んでくるような響きの口調で言われると嬉しいという気持ちがどくんと湧き上がってくる。
 しかしそれ以上に恥ずかしい。
 幼い子供が想像以上に褒められて顔を隠しているような、そんな気分に美鈴はなっていた。


「美鈴さん」

「はい?」


 思わず声が裏返る。
 アルコールで頬を染めた詩菜は女の美鈴が見てもゾッとするほど色っぽい。

911 : 美鈴「バントラインを抱きしめて」[sage] - 2012/09/18 22:34:35.18 NfvPy0BYo 17/22

 

 
 
 
「美琴さんがダメでしたら、美鈴さんをくださいません?」
 
 
 
 
 

912 : 美鈴「バントラインを抱きしめて」[sage] - 2012/09/18 22:35:01.65 NfvPy0BYo 18/22


 ドキドキした。
 甘美なときめきが胸の中に広がる。


(うわぁ、いい年して何考えてるのよ、私ってば)


 女同士だ、妖しい夜の言葉ではない。
 そうだというのにその響きを若干期待してしまっている自分がいる。
 勿論美鈴には旅掛がいるし心の底から愛しているが、上品なアルコールの酔いは理性の箍を微妙に緩ませていた。


「今日一日だけでいいんです。私を『お姉さん』って呼んでくださいません?」


 冗談だとしても年齢的に許されないような、そんな言葉。
 だが空気が、空間が、次元が、そして詩菜の存在がそれを許している。

 確かに姉妹としておかしくはない年齢差だ。
 そして、その発想は果物のように甘く芳しいものを美鈴の心の中に生み出す。
 抵抗は朝露のように溶けていった。


「おねえ、さん……」


 口に出してみるとより一層甘さが増す。
 まるで唇に蜜を塗っているかのように、舌を動かすだけでじわりと脳が痺れていく。
 詩菜が嬉しそうに笑った。

913 : 美鈴「バントラインを抱きしめて」[sage] - 2012/09/18 22:35:37.73 NfvPy0BYo 19/22




「ありがとう、ね。もう少し我儘を続けてもいいかしら」

「え? は、はい」


「あらあら、そんなにかしこまらないで。実はね、抱きしめてみたいの、私から。
 さっき、抱きしめてもらって、すごく安心したから」

「え……?」


 さっきは自然と身体が動いた。
 ただ、自分がそんなことをされるのか、という発想は詩菜の顔を見てときめいてしまった美鈴には強烈で鮮烈に思えた。

 そんなことをされてしまっては。
 だが、応も諾もなく。


「あ……」


 す、と抱きしめられていた。
 上体を捻るように正面を向かされて両肩に手を置かれる。
 それがするすると背中に伸び腰に降りて詩菜の顔が美鈴の右肩に、美鈴の顔が詩菜の右肩に乗っかる形になる。
 美鈴の成熟した乳房と詩菜の控えめな乳房が押しつぶされる。

 耳の裏側の体臭のこもりやすい部分。
 詩菜のそこからふわっと湧き上がる匂いを美鈴は嗅いだ。


(……いい、匂い……)


 アルコールで体温があがっているのか、若干汗臭い。
 だがゆるくウェーブのかかった髪の上品なリンスの香りと胸元に塗したであろう香水のそれとが混じり合って。

 一人の女の匂いだ。
 美鈴は知っている。
 女が一番女であることを主張するときの匂い。

 その匂いに包まれて心臓がどんどん加速していく。
 鼓動の音が聞かれやしないかと恐ろしくなるほどに。
 そして、耳元で小さな声で囁かれた。

914 : 美鈴「バントラインを抱きしめて」[sage] - 2012/09/18 22:36:10.83 NfvPy0BYo 20/22

 
 
 
 
 

「――――ごめんね、―――ちゃん」
 
 
 
 
 



915 : 美鈴「バントラインを抱きしめて」[sage] - 2012/09/18 22:36:39.67 NfvPy0BYo 21/22

 それはきっと、流れてしまった詩菜の子供の名前。


 美鈴の背中に冷たい汗が流れた。


 熱いものに変わる。


 少女のような母親がずっと抱いていた心の瑕を埋めるための包容に恍惚を感じていた自分のおぞましさと。
 そんなものを飼っていた自分自身と。
 否定しきれない美鈴を構成するほの暗く薄暗い部分のすべてを。

 すとん、と墜ちるように納得していた。


 ああ、自分は女なんだ。
 女として生きているんだ。
 そしてこの人もやっぱり女だったんだ。
 そのことが嬉しかったんだ。


 納得して祈りを捧げるように詩菜の背中で指を組んだ。
 抱っこされるというよりも抱きしめ合っているような。
 音と音、熱と熱を交換し合っているような。

 そうして二三分の時間が流れただろうか。
 どちらともなく互いにゆっくりと腕をほどいて身体を離した。
 固められた体温で温まった空気がアルコールを吸って本当に僅かながら渦を巻いた。 

916 : VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(チベット自治区)[sage] - 2012/09/18 22:40:11.00 NfvPy0BYo 22/22

以上です

美琴が「お姉さま」なら美鈴が妹でもいいよなぁ、とおもた
それだけ