12 : ある昼下がり 1/4[] - 2010/05/13 00:56:41.75 mk81L76o 1/4

「暇ですねぇ……」

女はそうぼやき、カウンターで頬杖を付きこちらを覗き込む。
彼女の座る隣の椅子には黒いエプロンが几帳面に畳まれており、
エプロンの端には白い糸で店の名前と珈琲カップが刺繍されている。

「いいのか? 店の主がそンなにだらけてて」

髪も肌も真っ白な男は呆れたように問いかける。
その手には洗ったばかりのカップがおさまっており、
優しくそれを布巾で包み込み水滴をふき取っていく手際はまさに慣れたものだ。

「お客さんいませんから今は昼休みなんです。それにこんな暖かいんだからちょっとくらいのんびりしても罰は当たらないと思いますよ?」

どういう理屈なのか分からないが、そう言い放つこの店の主の佐天涙子は自信満々の表情を浮かべている。
この佐天涙子とはそういう人間なのだ。
本人は知らないだろうが、この店にやってくる常連客のほとんどは
そんな気さくでマイペースで明るく、ときに見せる危なっかしいマスター目当てだったりする。

先ほどからカップを手際よく拭いている一方通行もそんな客の一人だ。
暇さえあれば喫茶店に顔を出しカウンター席で珈琲をすするのが日課となっている。

ただし、今ばかりはそんな立場がまったく逆になっている。
佐天涙子はカウンター席に腕を組んで突っ伏したまま一方通行を眺め、その一方通行はカウンター内で洗物に勤しんでおり、
首からは黒のエプロンが下げられている。

もちろんそのエプロンの裾の端のほうには白い糸で店の名前と珈琲カップの刺繍入りだ。

元スレ
▽ 【禁書目録】「とあるシリーズSS総合スレ≪3冊目≫」【超電磁砲】
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4gep/1273677472/
13 : ある昼下がり 2/4[] - 2010/05/13 00:58:02.24 mk81L76o 2/4

「確かに今日はあったけェな」

「あはは、ちょっと顔緩んでますよ。というか、むしろ少し暑いくらいですよね」

確かにまだ春先だというのに、窓から人の行き来を除いてみるとすでにかなり薄着の人も目立つ。
太陽はまだほぼ真上に輝いているため窓から店内をまぶしく照らすほどの光は入って来ていないが、
窓付近に位置するテーブルはだいぶ暖かく眠りを誘うスペースとなっていることだろう。
特に、すでに瞼が重力といい勝負を始めているマスター辺りはいちころで夢の世界へと旅立てるはずだ。

「だったらアイスコーヒーでもいれてやろうか?」

いいんですか? と、佐天は体を起こし若干重そうな瞼と戦いながらも首をかしげるようにして確認する。
すると、一方通行は慣れた手つきでドリッパーにペーパーフィルターと少し粗めに挽いた粉を手際よくセットし、
火に掛けてあったやかんからドリップポットへとお湯を入れ替えていく。

「すっかり手馴れたもんですね。これじゃぁもう教えること何もないかな」

「……おだてても何もでねェぞ」

コポポポッ、と小気味のいい音を立ててポットからフィルターの上に敷かれた粉へとお湯が注がれる。
全体を蒸らす程度にお湯を注ぎ終わると豆のいい香りのする湯気がカウンター周辺へと広がっていく。

佐天はその匂いごと空気を大きく吸い込むと、再びカウンターに伏せて悪戯っぽい笑顔で一方通行を見上げる。

「おだてた訳じゃないですけど、そりゃ残念です」

「ッ…あンまり年上をからかうンじゃねェよ」

一方通行はそう言いながら豆の膨らみ具合を確認するために視線を下に落とす。
あくまで不意に向けられた笑顔からついつい視線をそらしたわけではない。断じてそうではない。

14 : ある昼下がり 3/4[] - 2010/05/13 00:58:56.92 mk81L76o 3/4

(しかしまァ、確かに最近はだいぶ飲めたもンにはなってきたか)

一方通行が喫茶店の仕事を手伝うようになったのはつい三週間ほど前からだ。
といっても、手伝い自体は洗い物やテーブルを拭いたりなどの雑用が主なのだが、
こうやって少しでも暇な時間が出来ると佐天は一方通行に珈琲の淹れ方を教えてくれた。

そのかいあってか、今では一方通行は珈琲や紅茶など店で出しているものならある程度作れるようになった。
といっても、本人はまだまだ佐天の作るものと比べるとまだまだだといって出来に納得していないのだが。

(ん? そろそろいいか?)

豆が十分膨らんだことを確認すると、ドリップポットを手に取り再びお湯を注いでいく。
ポットからこぼれ出たお湯が珈琲色に染まりサーバーへと溜まっていく。
その溜まっていく液体を見ながら初めて自分で淹れたコーヒーを思い出しわずかに苦笑をもらす。
缶珈琲好きを自負していても自分ではインスタント珈琲すら淹れたことのなかった彼にとって、
この店で佐天に教えてもらいながら淹れた珈琲は文字通り人生となるものだった。

結果はいわずもがな。
教えてもらいながらとはいえ素人が豆から珈琲を淹れるということがそれほど簡単なわけもなく、
炒りすぎた豆に抽出しすぎなどいろいろあいまって、文字通り二人して苦い顔を浮かべるはめとなってしまった。

15 : ある昼下がり 4/4[] - 2010/05/13 01:01:39.24 mk81L76o 4/4

そんな一方通行も今ではマスターが認めるほどの腕前と成長している。
適量の抽出し終えるとサーバーからドリッパーをはずし氷をそこに投げ込む。
そうやって急激に冷やすことによって香りが珈琲の中に残るらしいというのは佐天の受け売りだ。

あとはこれを薄め、氷の入ったグラスに注げば完成となる。

「―――ン、よし、こンなもンだろ。ところでシュガーシロップはどうす―――って、寝ちまったか」

すっかり夢中になって気づかなかったが、カウンターに目をやると先ほどと同じようにそこに突っ伏した格好のまま寝ている店主の姿があった。

「営業中だってのに、分かってンのかねェこのマスターさンはよォ……」

せっかく淹れたのだからと、アイスコーヒーをシュガーシロップを添えて佐天の横に置きながら一方通行は窓の外に目をやる。

確かにこんなに暖かい日だ。
お客が来れば起こしてやればいい、最悪自分が対応すれば問題ない。
だからもう少しこのままにしておいてもいいだろう。

だってこんなに暖かい日だ。


―――こんな暖かいんだからちょっとくらいのんびりしても罰は当たらない。


おわり