御坂美琴はぶらぶらと街を歩いていた。
完全下校時刻が近いらしく、少し前まで賑わっていたこの通りも、今は人がまばらだ。
「あーあ、ヒマねー。アイツもやっぱり電話に出ないし…そろそろ帰ろっかなー」
ここでいう「アイツ」とは、もちろん上条当麻である。
美琴は彼に対する自分の気持ちが何であるかは自覚したが、いまだ素直になれないでいた。
後輩である白井黒子も最近は応援してくれているが、まだまだ期待に沿えるのは早そうだ。
ふと、彼女は立ち止まった。
「…え?」
美琴が訝しげに眉をひそめる。
(この感覚…私と同じ能力?でも、妹達とは違う、もっと強力な…)
考える前に確かめよう。
そう思って彼女は自分と同じ能力を感じる方向へ駆けだした。
……それが絶望の始まりだと気付かずに。
着いた場所は建設途中のビルだった。
だが作業員はおらず、重機や鉄骨などがあるだけだ。
(おかしいわね…確かにここのハズなんだけ…どッ!?)
彼女の眼前を青い電光が通り過ぎた。
あと少し進んでいたら直撃していただろう。
「……誰ッ!?姿を見せなさい!」
美琴が叫ぶ。その時、声が聞こえた。
「ふふっ…ずいぶんとガサツねえ……それが常盤台のお嬢様なのかしら?」
声のする方に美琴が振り向く。
「――――え?」
そして見てしまった。
妹達よりも自分に近い、彼女の姿を。
「わた、し?」
闇から現れた少女は美琴に絶望を突き付ける。
「残念♪『私』が『あなた』なんじゃなく、『あなた』が『私』なのよね~」
美琴にその言葉の意味はわからなかった。
だが次の言葉で確信してしまう。
「あら、わからないの?私のクローンの癖に…」
「…どういう、こと?」
美琴がかろうじて反応する。
しかし返ってきたのは絶望を決定事項にする言葉だった。
「こう言えばわかるかしら。あなたはミサカ00000号。そして私はオリジナル……本物の御坂美琴よ」
認められるはずがなかった。
自分が偽物?
では両親は?
友達は?
初めて好きになった彼は?
自分が偽物だったなら彼らとの関係も偽物になってしまう。
そんなことは絶対に認めたくなかった。
「ううううぅぅぅ……あぁぁぁあああああ!!!」
渾身の雷撃をオリジナルに放つ。
それはあの鉄橋で彼に撃った全力よりも強力だった。
――――しかしオリジナルは口を少し歪めただけだった。
凄まじい爆音と、雷撃によって引き起こされた衝撃波で舞った土埃が辺りを包んだ。
こんなものを防げるのは一方通行か、第二位そして『彼』以外には――――
「へえ、この程度なんだ」
声が聞こえる。
ありえない。
アレをくらって生きているはずがない。
「教えてあげるわ。私の方が能力は上なのよ。
……そうね、わかりやすい例だと、あなたの全力って約10億ボルトよね?
私はその2倍―――20億ボルトよ」
信じたくなかった。
だが目の前の現実は確かに『彼女』が本物で、自分が偽物であることを決定付けていた。
「……それじゃ、終わりにしようかしら。
―――安心しなさい。あなたのものは全部、もらってあげるから」
全部?
そうするとどうなるのだろう。
両親は本物の娘が帰ってきて喜ぶだろう。
黒子は素直じゃない私なんかより、彼女を選ぶだろう。
『彼』は、電撃を浴びせられなくなってほっとするだろう。
―――なんだ、私がいない方が都合がいいんじゃない。
みんなと別れるのはつらいけど、私がいない方がみんな幸せだから…
これから死ぬというのに、涙は出なかった。
そしてオリジナルはコインを掲げる。
「せめてもの手向けに、超電磁砲で殺してあげる。……じゃあさよなら、劣化模造品」
オリジナルがコインを打ち上げるのを見て、ゆっくりと目を閉じた。
「……ふざけんじゃねえ」
オリジナルが必殺の一撃を放つ前に、誰かが割り込んでいた。
「偽物だろうが何だろうが、コイツは精一杯生きてきたんだよ」
超電磁砲を消し去ったその人物は美琴を守るように立っていた。
「いいぜ…お前がオリジナルだからってコイツを殺して『御坂美琴』になるってんなら―――」
「まずはその、ふざけた幻想をぶち殺す」
美琴の想い人にして幻想殺しの少年、上条当麻がそこに居た。
「アン、タ…どう、して…?」
「アンタが守るって誓った『御坂美琴』はそこに居るのよ!?
なのにどうして私を助けるのよ!
私が死んで!アイツが『私』になった方がよっぽど幸せな―――」
「………本気でそんなこと考えてんのか」
「……え?」
「俺があの男に守ると誓ったのは『超電磁砲』じゃなく、『常盤台のエース』でもねえ!
ほかでもないお前自身なんだよ!
それにアイツの方が『御坂美琴』にふさわしい?
ふざけんな!
お前の周りのやつらは今まで付き合ってきた人間が死んで喜ぶのかよ!?
少なくとも俺はお前に死んでほしくねえからここに立ってるんだ……
勝手に死ぬなんて、言うんじゃねえ」
「……ッ!」
その言葉は確かに、美琴の心に響いた。
「あ~あ、せっかく生きるのを諦めてたのに、これじゃあ楽に死ねなくなっちゃったわねえ……
でもいっか、どうせ私のコピーであって、人間じゃないんだし……
んじゃ、まとめて殺っちゃいますか」
オリジナルから青い電光が迸る―――
そして彼女の全力が上条に襲いかかった。
「……へえ、さすが幻想殺し。やっぱり効かないんだ」
その言葉の通り、上条に致命傷は見られなかった。
しかし、攻撃の衝撃波によって飛ばされたコンクリート片によって全身は浅く傷ついていた。
「でも、ふつうの物理攻撃は防げないのねー。
……じゃあ、こんなのはどう?」
彼女の言葉と共に、周囲の鉄骨が上条に向かっていく。
いくら異能の力を打ち消せても、こればかりはどうにもならない。
オリジナルは勝利を確信した。
「くっ……」
上条は鉄骨を必死に避けようとする。
しかし数が多すぎる。
鉄骨が目の前に迫る。
上条は反射的に目を瞑った―――
そして貫いた。
御坂美琴の通称でもある超電磁砲が鉄骨を。
「……ッチ!邪魔を!!
やっぱりあなたから殺してあげる!!」
オリジナルは体を美琴の方へ向ける。
だが遅かった。
すでに彼はオリジナルの目の前にたどりついていた。
「なっ…くっ!」
慌ててオリジナルは避けようとする。
しかし多くの死地を戦い抜いてきた上条の拳を避けることなどできるはずがなかった。
「おぉぉぉおおおおおおお!!」
幻想殺しがオリジナルの額に届く。
それで、終わりだった。
数日後…
「へえ~ここがアンタの部屋かあ…」
「はあ…インデックスがイギリスに帰ったからベッドが使えると思ったのに…」
「な~に言ってんの!一緒にベッドで寝るのよ!」
「ええええええええ!?」
あの後、美琴は皆に自分がクローンであることを告白した。
世間の反応は厳しく、オリジナルが『御坂美琴』に戻ることになった。
もちろん、両親や白井は美琴に今の居場所に留まるよう言ったらしい。
だが美琴は、そこは自分の居場所じゃないと言い、ある場所へ引っ越したのだが…
「なんで俺の部屋なんだろうな…」
「何よー、そんなに嫌?」
「そーじゃねえけどさ…」
「……あ、忘れてた」
「?」
「『御坂美琴』は譲っちゃったから私今名無しなんだよね~
だからさ、アンタに名前を付けてほしいな!」
「そんな重大な役割、俺でいいのかよ…?」
「いいの!さ、はやく!」
「えーと、じゃあ……
―――なんてどうだ?」
「へえ、アンタにしてはいいセンスじゃない」
「……それ、けなしてるのか?」
どうやら俺はコイツにこれからふりまわされていくらしい。
でも、その先ではコイツは笑っていられるんだろう。
それなら別に―――
「不幸じゃ、ねえな」
終わり