674 : ◆5LuLRu.386[sagasage] - 2011/02/14 20:30:42.77 JkvTcyNA0 1/64レスほどいただきますー
バレンタインの黄泉川家です
彼が、甘いものを好まないことは知っている。多分、誰よりも知っている。だからこそ、打ち止めは悩むのだ。
2月14日――バレンタインデー。殉教死したローマの司祭、聖バレンタインの記念日であり、愛する人に贈り物をする日とされている。
海外ではともかく、日本では女性から男性にチョコレートを贈る習慣があるのだ。そう、女性から、男性に。
「この期に及んでまさかあの人が女性でしたー、とかいうオチにはならないしってミサカはミサカは気合を入れて腕まくりしてみる!」
女性。この場合は打ち止め。男性。この場合は一方通行。
つまり、この幼い少女は思い人である一方通行にどうにかしてチョコレートを渡したいのである。そして、あわよくば食べてもらいたいのが本音だった。
ところが、肝心の一方通行が甘いものが苦手で、打ち止めの前で食すものはつねに苦い食べ物やらブラックコーヒーやらなので、素直にチョコレートを食べてくれるとは思えない。
せっかく思いをこめて作るのだからただ受け取ってもらっておしまい、では打ち止めの乙女心が許さないのだが、ここで少女は悩んでいる。
「……何を作れば、あの人はちゃんと食べてくれるのかな? ってミサカはミサカは準備万端だけど腕組みをしてみたり」
「そんないちいち悩まなくてもさあ。あの過保護のことだから、どうせ散々文句言ったあとで食べるんじゃないの、ぎゃはっ」
悩む打ち止めに横槍を入れるように笑った番外個体は、料理本を開いてうなる打ち止めの後ろからレシピを覗き見すると、わざとらしいため息を吐いた。
わかってないね、と彼女は普段の調子で続ける。
「凝ったチョコだろうがお手軽なチョコだろうが関係ないよ。腹に入っちゃえばみーんな同じ、違うかな?」
「どうしてあなたはミサカの努力をぶち壊そうとするのー! ってミサカはミサカは怒りたいけどここはお姉さんらしくスルーするんだから!」
「いや、できてないじゃん。スルー」
呆れ眼になる番外個体を一睨みすると、打ち止めの視線は料理本に戻る。
わからないな、と番外個体は思う。
こんなもの、自分で作るよりも買ったほうがずっと美味しいし、無駄な労力だって使わないだろう。
お金が足りないならねだればいい、一方通行の財布の紐は妹達に対してはやけにゆるくできているのだから。
だのに、目の前の上位個体はそれをしない。
わざわざ板チョコやらなにやらを買ってきて、刻んで溶かして飾って冷やして……そのすべての作業が面倒だと思う。
(だいたい、こんなちっこい手でさ、握力だってろくにないのに板チョコ刻めるわけ?)
それに、一方通行なら打ち止めが望むことならなんだってする。
甘いものが苦手でも、彼女が食べてほしいと願うなら喜んで(けれど無表情に)平らげてみせるはずだ。
短期間傍にいた自分でさえわかるのに、打ち止めにはそれがわからない。
あるいは、わかっていて、それでもなお謙虚であろうとしているのかもしれない。
そんな打ち止めの思いはひどくややこしい。 恋心ってやつかな、と番外個体は適当に結論付けた。
自分にはまだ理解できない感情だけれど、ネットワークを通じてほんの少し触れることはできる。
わずかでも突けば壊れてしまいそうな、あやうい感情だ。
しかし同時に、勇気の出ない誰かをとても強くしてくれる、そんな感情だ。
(ま、そんなのミサカの知ったこっちゃないし。この子は強いし、まっすぐだから)
ほっとこう。思考の泥沼に浸かりこむ前に退散しようと打ち止めに背中を向けた番外個体のカットソーのすそを、誰かが強く引っ張った。
え? と固まる彼女をこの場に縫いとどめた上位個体、打ち止めは当たり前のように彼女の目を見つめて言い切った。
「うん、ミサカひとりじゃ到底板チョコを切り刻むことなんてできないの。だからあなたにも手伝ってもらわなきゃ、ってミサカはミサカの当初から決めていた計画を大暴露!」
「……サイアク、マジついてない」
◆
「――はァ?」
一方通行は眉間にしわを寄せると、もう一度携帯電話の液晶画面に表示されている文章を見返した。
メールは打ち止めからで、『あなたの好きなコーヒー豆の種類ってなあに?』という奇怪なものだった。
意味がわからず首をかしげ、数秒考えたものの答えが出なかったために首を戻して彼はテーブルの上に目をやる。
乗っているのは缶コーヒー。そう、彼に好きなコーヒー豆の種類など存在しない。
一方通行は根っからの缶コーヒーマニアであり、決してコーヒーそのものが大好きなわけではない。
飲み物として好きか嫌いかで問われれば炭酸よりもコーヒーを選ぶくらいには好きだが、そもそも缶コーヒーの安さとお手軽さ、カフェインの多さに惹かれているだけなのだ。
したがって、普段は無愛想ながら即返信を心がけている彼の指が、うまい具合に文章を打てないのも仕方のないことだった。
(特にねェ。……ってのはダメだな、そォいうのが一番困るだろォし)
相手が明確な答えを欲している以上、なんとかして答えてやりたいのだが、いかんせんコーヒー豆の銘柄などまったくわからない。
打ち止めは本当に早く答えがほしいときは迷わず電話をかけてくる少女だ。つまりそこまで急を要する質問でもないのだろうと思う。
思うが。
「こっから一番近いコーヒーショップ、ってどこだ」
一方通行は決して暇なわけではない。それなりに忙しい。
それでも彼の優先事項はつねに打ち止めがトップなのだから、彼が重い腰を上げてホテルの部屋を出たのは至極当然の展開だと言えよう。
◆
余ったからあげるー、と打ち止めから両手に収まる程度のコーヒー豆をもらった芳川桔梗は、とりあえず香りを嗅いで「うん、いいわね」と独り言をもらした。
ちなみに彼女はインスタント派なのでコーヒー豆の香りの良し悪しなどにはまったく興味がないが、それっぽいことを言ってみたらなんとなく格好がついたので、彼女はしばらく香りを楽しんでいた。
台所からはどたばたと騒がしい音が響いている。
手伝おうという気持ちも起こらない芳川は、いつものようにワイドショーを見ながらツッコミをいれたりサラダせんべいをつまんだり、遊び心でミネラルウォーターにコーヒー豆を沈めていた。
のんびりと平日の昼下がりを満喫している彼女の携帯電話が鳴ったのは午後二時頃である。着信相手は黄泉川愛穂だった。
「はい、ばりっもしばきっもし?」
『……桔梗ぉ、せめて電話出るときはせんべい食うのやめろって』
「気心が知れているからばりっ、いいのよんぐっ」
『そういう問題じゃなくって! ……あー、まあいいじゃん。今日はちょっと遅くなりそうだから、夕飯は桔梗に準備してもらいたいんだけど』
「夕飯、?」
ちらりと台所に目をやり、無理ね、と芳川は即答した。
たしかに彼女に手伝う気はまったくない。しかし、もちろん邪魔をする気もさらさらないのである。
マイペースに生きている芳川だが、明日はどんなイベントがあるのか程度は知っている。
バレンタインデーだ。
そして、台所で何かを作っているらしい打ち止め、つき合わされている番外個体。ここまでくれば、何が起きているのかは誰にだってわかる。
『は? 無理ってなんで、』
「適当に出前でいいわね。面倒だから特上寿司でも頼んでおきましょうか」
『いや、だからおまえどこにそんなお金、』
「午前中に以前出したクイズ懸賞の賞金が届いたのよ。三万」
『多っ! 多すぎじゃん! 私らが汗水たらして手に入れる金をそんなゲーム感覚で手に入れるとか!』
「あら、食べない?」
『えんがわは譲らないじゃんよ』
「はいはい了解ー」
和やかに通話を終えた芳川は、次に電話帳から馴染みの寿司屋に電話をかける。実は、彼女が寿司屋にこだわっている理由がひとつだけあった。
ここの寿司屋は、出前が早いだけではなく、特上寿司のネタに珍しいものが加わっているのだ。
「あ、もしもし。出前を頼みたいんですが、……はい、特上の、……ええ。牛カルビの握りもお願いします、はい、……えっと、ファミリーサイド……、……」
◆
警備員の仕事を終えた黄泉川愛穂が自宅へ帰ったとき、すでに夕食は終わっていた。時刻は10時をまわっている。
まあ当たり前か、と思いながら彼女は食卓についた。
なにげなく辺りを見回してみるが、リビングには芳川しかおらず、打ち止めも番外個体もいない。
また、今日泊まりにくると言っていた一方通行の姿も見えなかった。
「あの子たちならコンビニに行ったわよ。アイスを買いにね」
「アイス? そんなんうちの冷蔵庫にまだ残ってるっしょ」
「鈍いわねえ。一方通行に冷蔵庫を見せたくないのよ、二人は」
「……あー。なぁるほど。ふんふん、そっかそっか、……わっかいなー」
「愛穂こそ職場の人に配らなくてもいいのかしら?」
「まったく考えてなかったじゃん。どうしよう、つってもそんなガラじゃないからなあ」
えんがわを口に突っ込みながらもぐもぐと話す黄泉川の視線はリビングのテーブルの上に放置されているガラスのコップに集中している。
正確に言えば、コップの中身――水と、コーヒー豆だ。
何の理由でそんな得体の知れないものをテーブルに置きっぱなしにしているのだろうかと黄泉川は自分なりに考えてみるが、わかるはずもない。
なぜなら芳川の気まぐれにすぎないからである。
「ききょー。それ、なに?」
「ああ、これは香りを楽しもうと思って」
「いや、意味がわかんないじゃんよ」
賢い人間の考えることはわからない。
黄泉川がそんなことを思いながら、箸をサーモンに伸ばしたあたりで玄関からばたばたと数人の足音が聞こえてきた。
◆
久々に黄泉川家に泊まった一方通行は、ホテルの無機質なものとは違い、どこかあたたかみのあるベッドに横になっていた。
しかし、寝付けない。もともと一度能力を失ってからは浅い眠りになってしまった彼は、どこであろうとすぐに眠ることができない体である。
そのため、何度か寝返りを打っては目を瞑り、さっさと夢の世界に身をゆだねようとしているのだが、彼の試みはことごとく失敗に終わっていた。
というのも、彼が使用している部屋の隣、つまり打ち止めと番外個体が使っている部屋から話し声が絶えないからだ。
「明日の朝」だとか「あの人」だとか、断片的に聞こえてくる会話はどうやら自分に関わりのある話題らしい。
そういえばやけに打ち止めがそわそわしていたな、と一方通行は数時間前の夕食時を思い出す。
牛カルビの握りを口に運んだあとで、喉が渇き冷蔵庫からお茶を取り出そうとした一方通行を、あわてたように押し止めた少女。
なぜか自分を冷蔵庫に近づけまいと必死になっていたため、とりあえずはその意図を汲んでやってなるべく冷蔵庫を気にかけないようにしていたのだが、寝付けない今、妙に気になってくる。
(……明日になりゃわかンだろ)
なんとなく。今はまだ気づかないでおこうと決め、彼は今度こそ強く目を瞑り、周囲の音をできるだけ気にしないように努めた。
◆
「そーっと開けてね、そーっと。あの人はささいな物音ですぐに起きちゃうんだから、ってミサカはミサカは番外個体を窘めてみる」
「はいはい。いいからほら、注意深い一方通行が起きる前に部屋に入るんでしょ? さっさとしなよ」
「わかってるもん! ってミサカはミサカは抜き足差し足忍び足……」
小声でそんな会話を繰り広げながら、番外個体に部屋のドアを開けてもらい、打ち止めはゆっくりと彼の部屋に侵入した。
彼女の両手はふさがっている。ベッドの一方通行を見れば、まだ打ち止めには気づいていないらしく、規則正しい寝息が聞こえてくる。
足音を極限までおさえてベッドに近づき、とりあえず贈り物をテーブルの上に置くと、打ち止めはそっとベッドを上から覗き込む。
普段は見られない一方通行の寝顔をしっかり堪能しておきたいと考えたからであるが、すぐに気配に気づいた一方通行が目を開け、がばっと身を起こしたために彼女の額と彼の額は見事に衝突することになる。
ごつん、と鈍い音がした。
「ってェ……」
「いったああああ!!! ってミサカはミサカは被害者ぶって患部をおさえこんでみたりぃ、っていたっ」
「朝からうっせェ、つゥかオマエが悪いだろ今のは」
「ううう、ってミサカはミサカの額をさすさすしてみるんだけど……その、えっと、ごめんなさい……」
「あァハイ、もォイイわ」
大きくあくびをし、肩をコキコキと回した一方通行は、ふとドアの向こうに立っている番外個体、そして芳川と黄泉川に気づく。
いつもなら迷わず入室してくるであろう三人がなぜドア前で立ち往生して、心なしかニヤついた笑顔で見ているのだろうと彼は一瞬不快になったのだが、それから何気なく視線を打ち止めに戻し、それから部屋のテーブルに向け、ああ、と合点がいった。
(そォいや、街も賑わってたな)
あいにくこれまでの人生でまったく興味を覚えなかったイベントで、これから先自分の身に起こるなどと考えたこともなかったせいか、彼には実感がなかった。
どういうリアクションをとればいいのだろうと一方通行が頭を働かせるより先に、打ち止めはさっとテーブルの上から小さな箱を取ると、一方通行に差し出した。
「ハ、ハッピーバレンタイン! ってミサカはミサカはさっきの失態を埋め合わせるためにも、とびっきりの笑顔であなたにチョコレートを差し出してみる!」
「……おォ」
予想的中、今日はバレンタインデーだ。
早熟なこの少女は、どうやら自分に手作りのチョコレートをくれるらしい。
ふうん、と相変わらず仏頂面でとりあえず箱に手を伸ばし、やけに小さいチョコレートを一粒選んで口に入れてみる。
舌で味わい、歯を動かす。飲み込む。
「どうかな、ってミサカはミサカの味見段階ではけっこうおいしかったんだけど……あなたの口にも合えばいいなって」
「……、……」
さらに、手を伸ばす。数粒つかみとって、食べる。
今になってようやく、彼女のメールの意図が理解できた。
今日のこの一時のため、甘いものが得意ではない自分のために、打ち止めはわざわざ訊ねたのだ。
「コーヒービーンズチョコ、か?」
「! うん! ってミサカはミサカはあなたの好きな豆を使っていることを告白しちゃう!」
「あァ、そォだな」
正直なところ、べつに豆に対する深い知識はないので昨日は適当な銘柄を教えたのだが、打ち止めは律儀にも一方通行が教えた豆を購入して使用したようだ。
作り方はわからないが、甘さが控えめで、一方通行でも難なく食べられるチョコレートだった。
「ちなみにミサカもちょっと手伝ったんだけどさー」
ニヤつくのに満足したらしい番外個体がずかずかと部屋に入ってきて、遠慮なく箱に手を伸ばした。
反射的にその手をはたいてから、やべ、と一方通行は思わず舌打ちをしたが、対照的に番外個体の笑みは深まるばかりだ。
「へーえ、そっかあ。そうだよねえ、自分だけのチョコだもんねー、ミサカ鈍いからついつい手を出しちゃったよ。ゴメンネ☆」
「……やかましい」
「そ、それでお味のほどはいかがですか! ってミサカはミサカはさっきから気になっていることなので単刀直入に訊いちゃったり!」
「……、……」
「ほらほら、答えないの? 不味いって言うならミサカはいますぐあなたを殴ってその箱奪っちゃうけど」
「……、……」
「お、いしくないのかなってミサカは、ミサカは」
からかう番外個体の隣で、打ち止めはうつむいてしまう。
味見したときは、程よい苦味があって大人のチョコレートみたいだ、と彼女は素直に思ったのだ。
これならきっとあの人も食べてくれるんじゃないかな、そう言って笑った打ち止めの顔は、とても可愛らしかったことを番外個体は思い出す。
一方通行が口を開かないのなら、番外個体は本気で彼を殴るつもりだった。
彼女が握りこぶしを固めた瞬間、一方通行は小さな声で、けれど打ち止めにしっかり届く声で、つぶやいた。
「べつに、不味くねェ。つゥか……アレだ、うめェ」
瞬間、打ち止めが勢いよくベッドにダイブし、一方通行の持っていた小箱が彼の手から離れる。うわ、とあわてて番外個体が小箱をキャッチした。
一方通行はといえば、打ち止めののしかかりを受けて苦しげにうめいているが、まあ助ける必要もないだろうと判断した番外個体はそのまま部屋を後にする。
「オマ、ちょっ、退けクソガキ!」
「いーやーだー、ってミサカはミサカはあなたに衝撃の事実を伝えてみるんだけど!」
「あァ?」
「3月14日、期待しちゃうね!ってミサカはミサカは胸にしっかり刻み込んでおきまーすっ」
「……は?」
「お返しは三倍っていうのがセオリーだけど、ミサカはそんなこと気にしないよ? ってミサカはミサカの心の寛容さをここぞとばかりにアピールしてみる!」
「……わかった、イイからとりあえずこれ以上近づくなさっさと退け、話はそれからだァ!」
「もうちょっとー、ってミサカはミサカは――」
「ど・け、っつってンだよォ!」
えんど!
あのすみません酉は気にしないでください終わりです1レス計算ミスりましたすみませんでした!!!!!!